身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
椿がいざというときに引っ込み思案になってしまうことを母はよく知っている。

あるいは、日中の菖蒲とのやり取りで、椿が気持ちを押し殺しているのだとわかったのかもしれない。

「うん。そうするわ」

椿がこくりと頷くと、母は「おやすみ」と言って洗面所に入っていった。椿は階段を上り、二階にある自室へ向かう。

自分の部屋に入ろうとしたとき、菖蒲の部屋から声が漏れてきた。

襖がわずかに開いていて、菖蒲が携帯端末を耳に当てながら部屋の中をうろうろと歩き回っている様子が見える。

『――ごめんなさい。あのときの私はどうかしていたの。マリッジブルーだったのよ』

その瞬間、菖蒲の電話の相手が仁であることを悟った。

聞いてはいけない、そう思いつつも、耳を立てるのを止められない。

『男なんて端からいないわ。ただ少し自由になってみたかっただけ。結婚する前に、横暴な父とみなせ屋から離れてみたかったの。あなたならわかるでしょう?』

息をひそめて襖の隙間から菖蒲を見つめる。仁はなんと答えたのだろう、菖蒲の横顔からでは返答を読み取れない。

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