身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
『――でも、あなたと結婚したいから帰ってきたの。やっぱり私が生きる道はここしかないのよ。ねぇ、仁。今からでも遅くないでしょう? やり直しましょう』

ちらりと菖蒲の視線が椿の方に向いた気がした。ドキリとして、椿は咄嗟に自室に逃げ込む。

後の会話の内容は聞こえてこなかった。もちろん、仁がどんな反応をしたのかもわからない。

『椿と一緒になると決めた』――そう答えてくれた仁を信じようと、不安を胸の奥に押し込める。

――仁さんは、私を選んでくれたんだよね……?

菖蒲が帰ってきたと知っても、椿を選び、妊娠を喜んでくれた。

そんな仁を信じたいと思いながらも、どうしても不安が頭をよぎり、一晩中拭えなかった。



翌日は菖蒲も一緒に店に出た。常連客は菖蒲の復帰をとても喜び、この日を待っていたかのように新しい着物をあつらえてくれた。

十九時前、両親はひと足先に仕事を終え、自宅へ帰っていった。

閉店作業を任された椿と菖蒲は、粛々と片付けや掃除、レジの精算を分担して済ませる。

椿が表の看板を下げ清掃を終えて戻ってくると、レジの確認を終えた菖蒲が切り出した。

「椿、今までご苦労様。仁のことはもう結構よ」

モップがけしようとしていた椿の手が止まる。

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