身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
仁は代わりにと、コンシェルジュにタクシーを手配するよう指示してくれる。車はすぐにやってきてマンションの前に停車した。

「お世話になりました」

深々と頭を下げる椿を、仁は優しい笑顔で見送る。

「君が夢を掴んだら、そのときは一緒になろう」

緩やかに微笑みかけてくれたけれど、それが気休めだろうということは椿にもわかっていた。

「――いえ」

タクシーの後部座席に乗り込んだ椿は、最後に仁をちらりと覗き見る。

堪えていた涙がほろりと頬を伝い、しまったと慌てて目を逸らした。

「仁さんは心のままに、愛する人と一緒になって」

「椿……?」

仁がハッとしてなにかに気づくのと同時に、後部座席のドアが閉まった。間髪入れず車が走り出す。

「待て、椿――」

運転手がピクリと反応したが、椿はすぐさま「行ってください」とお願いする。

車は加速し、仁の姿はあっという間に見えなくなった。

「どちらへ向かいますか?」

運転手に尋ねられ、椿はなんと答えようか逡巡する。

今、自宅に帰って菖蒲の顔を見てしまったら、嫌な気持ちが溢れ出してきそうだ。

嫉妬、妬み――純粋な憧れならまだしも、こんな醜い気持ちを向けたくはない。

< 197 / 258 >

この作品をシェア

pagetop