身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
これは姉の婚約者を好きになってしまった罰だろうか。

罪悪感や自己嫌悪にも似た感情に打ちひしがれ、姿を消すならば今なのではないかと急いた気持ちに絡めとられる。

幸い、身分証やクレジットカードはお財布の中に入っているし、仁からもらった小切手もある。

捜索願を出されてしまうと困ったことになるが、その心配はないと思っていい。

父は警察の厄介になることは恥だと思っているから、菖蒲のときと同じように警察に相談することはないだろう。

仁が本気を出して調査をすれば、居場所をすぐに特定されてしまうだろうが、幸いにも仁は椿が夢のために家を出たと思っている。きっと探さないでいてくれる。

むしろ、椿が見つからない方が、仁にとっては都合がいい。

その事実が椿の胸に虚しく響いた。

「……東京駅に行きたいのですが。その近くにホテルはあるでしょうか?」

東京駅を経由して、漠然と遠くへ行こうと思った。とはいえもう終電の時刻、どこかに宿泊しなければ。

タクシーの運転手は「わかりました。どんなホテルがよろしいですかね?」と尋ねてくる。

椿は苦笑しながら「できるだけ安いところでお願いします」と注文した。


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