身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
恐る恐る振り向くと、夕べ別れたままのシャツにトラウザーズ姿の仁が、ソファに悠然と手脚を組んで座っていた。

「どこへ行くつもりだった? 椿」

怒りもせず笑いもせず、仁は普段通りの涼やかな口調で尋ねてくる。しかし、椿は頭が真っ白になって答えることもできない。

もう二度と会わないつもりだったのに。

愛おしいような、でも悲しいような、複雑な気持ちで仁を見つめる。

なにより、失踪一日目の早朝で見つかってしまうとは自分が情けなさすぎて、全身の血の気が引くとともに汗が噴出した。

「仁さん……なぜ……」

呆然と呟くと、仁は立ち上がり椿のもとへやってきた。

ポンと。なだめるように椿の頭に手を置いて、腰を引き寄せる。

「姿を消すのはナシだと、釘を刺したはずだが?」

よろめいた椿を仁は胸で受け止める。

仁の胸に顔を埋めながら、椿はなにから切り出せばいいのか悩みに悩んで「どうしてここに……」とだけ呟いて沈黙した。

「現実的な話をするなら、タクシーの運転手に椿の行き先を聞いた。懇意にしている会社だったから、すぐに捕まえて話を聞くことができた。顧客の情報を漏らしたことは目を瞑ってやってくれ。立場上、俺には逆らえないんだ」

つまり仁は、椿が失踪しようとしていることにすぐさま気づき、追いかけてきたということか。

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