身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
え?と椿が顔をあげると、仁の唇が耳元に近づいてきて、椿にしか聞こえない声でそっと囁いた。

「俺は今も昔も、愛しているのは椿だけだが」

そう甘く念を押して、椿の顎を押し上げる。

それは優しい嘘に違いなかった。菖蒲と付き合っていた五年間は確かに存在していたのだから。

だが、仁の情熱的な眼差しを見つめれば見つめるほど、椿にはそれが真実のように思えてきた。

「二度と俺から離れようなんて考えるな。俺は自ら望んで椿と結婚するんだ」

そう言って椿の唇を奪う。

ここはホテルのロビー、早朝とはいえフロントにはスタッフがいるし、まばらではあるが人通りもある。しかし、人々の視線など気にせずに、遠慮なく仁は椿の唇を貪る。

「んっ……仁さん!」

慌てて唇を離すと、仁は戸惑う椿を抱き込み、頭の上に顎を載せた。

「俺が菖蒲と結婚すると誤解して、身を隠そうとしたのか? 妊娠はしていないと嘘をついて」

「それは……」

「椿の浅はかな考えなんてお見通しだ。……まぁ、多少は焦りもしたが」

そう苦笑して、あらためて椿を丁寧に抱きしめる。

「椿を失ってしまいそうで、すごく不安になった。どうしてくれるんだ」

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