身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む～政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚～

椿は再び深く頭を下げた。

ぎゅっと強く目を瞑ったのは、恐怖からか、あるいは直視したくない現実が目の前に存在したからか。

頭上から情の欠片もないため息が落とされる。

「五年間、金を搾り取るだけ搾り取って、挙句、婚約破棄とは。詐欺と言われても文句は言えないな？」

五年前。老舗の呉服屋『みなせ屋』を営む水無瀬社長は、旧財閥京蕗家に取引をもちかけた。

お得意様である経団連会長夫人に口利きする代わりに、我が呉服屋に援助をしてはくれないかと。

みなせ屋は百年続く由緒正しい呉服屋で、神楽坂の割烹などが立ち並ぶ小道にひっそりと店を構えている。財界にも多くの上客を持つ隠れ家的名店だ。

しかし、若者の着物離れや不景気の煽りを受け、経営はギリギリだった。

倒産の危機――崖っぷちに立たされた水無瀬社長がとった行動は、上客の伝手を餌に資産家から援助を求めることだった。

しかし、事態は思わぬ方向に流れていく。

京蕗家の当主は、援助を引き受ける代わりに水無瀬社長の娘・菖蒲(あやめ)を差し出せと言い出したのだ。

どうやら当主は孫の嫁を探していたらしく、菖蒲――つまり椿の姉に白羽の矢を立てた。