身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
「金を返せなどとせこいことは言わない。だが、いいように金を払わされて何事もなかったことになどできない。京蕗家の沽券に関わることだ」

「本当に申し訳ございません! わたくしどももできる限りのことはさせてもらいますから――」

「では聞くが、なぜ謝罪に来たのが君なんだ。私がどんな要求を述べたところで、君では応える権限さえないのだろう。社長であり一家の主でもある君の父親が誠意を見せるべきだったのではないか?」

椿はぐっと奥歯をかみ、手のひらを握り込む。

なぜ父親が来なかったのか。その理由は先ほど彼が口にした通り、情けを乞おうとしていたからだ。

京蕗家当主の孫――京蕗(じん)は、普段の姿だけ見れば温厚を絵に描いたような人物。

しかも、仁が婚約者の妹――つまり椿をかわいがってくれていることを知っている。

父は、椿が頭を下げれば仁も許してくれるだろうと踏んだに違いない。

そんな経緯で、椿は仁がひとり暮らしをする都内の高層マンションにやってきて、玄関で土下座をしたわけだが、結果、父の完全なる読み違いで、目の前の彼を余計に怒らせてしまったというわけだ。

帝王とまで呼ばれる跡取りが、年がら年中お優しい性格であるわけがない。
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