身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
「自分を卑下することと謙虚さは違う。胸を張っていろ」

つい出来のいい姉と比べてしまう椿の劣等感を仁は見抜いているのだろう、そんなことを言う。

「君は君でいい。〝花紅柳緑(かこうりゅうりょく)〟――ちょうどその着物のように」

「花紅柳緑?」

聞きなれない言葉を耳にして、椿は思わず自身の着物を覗き込む。

初々しい薄緑色の葉を垂らす柳と、紅い春牡丹。若葉を持つ柳と華やかな花々が描かれた着物は、麗らかな春を連想させる。

柳は流水とともに夏の着物に描かれることの多い植物だが、元来春の季語なのだ。

「知らないのか? 花は紅く、柳は緑――転じて、春の自然の美しさや、人の手を加えていないそのままの自然を尊ぶことを意味しているんだが――」

仁は椿をソファに座らせると、ローテーブルにワインのボトルを置きながらニッと笑いかけた。

「花が緑である必要はないだろう。同様に、柳が紅くなる必要もない。花は花の色、柳は柳の色、ありのままが一番美しい――俺はそう解釈している」

仁の言葉に価値観を覆された気がした。姉の真似をしなくとも、自分は自分のままでいいと言ってくれているのだろうか?

「花紅柳緑……素敵な言葉ですね」

「だろう? 君にはそうあってほしい」
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