身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
「甘めの白だ。苦手なら無理に飲まなくていい。飲んでいるフリをしていろ」

「強くはありませんが、人並みには飲めますよ」

仁は乾杯の仕草をして、ワイングラスを口へ運ぶ。椿も真似してグラスを掲げた。

不意に仁が真剣な表情で椿を見つめる。その鋭い眼差しは、初めて椿を抱いたあの夜を彷彿とさせた。

「俺から逃げ出したいのなら、これが最後のチャンスだ」

「……今さらなにをおっしゃるんですか」

もうとっくに覚悟が決まっている椿は苦笑する。

「だいたい、私があなたとの結婚を拒めばみなせ屋は――」

「椿があの店に固執する必要はあるのか? 着物のデザインが好きだと言っていたな。みなせ屋で接客にあたるより、工房やメーカーに勤めた方が向いているんじゃないのか?」

確かに、工房に就職することを考えた時期もあるが、今はみなせ屋で客と顔を合わせ、着物を提案する仕事にやりがいを感じている。

まして、菖蒲がいなくなった現在、みなせ屋を継げるのは自分しかいない。

大学を卒業してからみなせ屋で働き始め、もう三年が経つ。簡単に放り出してしまえるような、軽い気持ちで臨んではいなかった。

仁はワインを一気に飲み干し、空になったグラスをテーブルに置く。
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