身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
「いえ……結構です。演技なんてしないでください」

今さら取り繕われたところで虚しいだけだ。

はっきりと答えると、仁は「利口だな」と言って口の端を跳ね上げた。

「怯えてもいませんし、後悔してもいません。自分であなたの妻になりたいと選択しました」

父の言いなりになっているわけでも、みなせ屋のために犠牲になっているわけでもない。

椿は仁に惹かれている。どこが好きかとか、それは愛なのかと問われると答えられないが、目が離せないほどに魅了されていることは確かだ。

謝罪から二カ月が経ち、冷静になった今だからこそ、椿は自分を待つ未来がそこまで絶望的だとは思っていない。

「それを言うなら、あなたの方こそ。家のために愛のない相手と結婚をして、子どもを産むのですから」

仁こそ本当は菖蒲と結婚したいに決まっている。椿との結婚は、本意ではないだろう。

「俺を憐れんでいるのか?」

珍しく歯向かってきた椿に、仁は愉しそうに口元を歪める。

「言っただろう、俺は納得していると。あとは君次第だ」

仁は涼しい顔で椿の顎に指先をかけた。椿の体がひくりと震え、グラスのワインが大きく波打ってこぼれる寸前でとどまる。

仁はすかさず椿の手からワイングラスを取り上げ、テーブルの上に置いた。
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