身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
椿はにっこりと微笑んで「いいえ」ととぼけ、そそくさとマンションのエントランスに足を踏み入れる。

真っ直ぐカウンターに向かうと、椿の顔を覚えてくれていたコンシェルジュがすぐさま仁に連絡を取ってくれた。

本当はアポイントもなしの不躾な訪問などしたくはなかった。そもそも、あの忙しい仁がいくら日曜日とはいえ家でのんびりしているとも思えない。

ましてや、今の自分は姉の劣化品でしかなく、合わせる顔がない。椿はどうか仁が留守で、この訪問が徒労に終わりますようにと願った。

しかし、こういう日に限って仁は在宅で、椿はコンシェルジュに連れられエレベーターへ乗り込み、彼の部屋のある上層階へと向かう。

玄関を開けた仁は、案の定、椿の姿を見て表情を歪めた。

「なんの真似だ」

なにを言いたいのかはわかったが、あえて知らない振りをして椿は枇杷を差し出す。

「お得意様から立派な枇杷をいただいたので、父が――」

「そういうことを聞いているんじゃない」

ごまかされてはくれなかった。枇杷を突き返され、椿はよたよたとうしろへ下がる。

嫌悪感たっぷりの眼差しに射竦められ、呼吸が止まりそうだ。
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