朔ちゃんはあきらめない

3

 何度気をやったか分からない。それどころか、わたしの口からは人のものとは思えないような声しか出てこないのだ。思考力など随分前に放棄してしまって、獣に成り果てている。そんな状態では分からないのも道理であった。

「うわ、ほんとすごいね。まだイクの?」

 なにがそんなに楽しいのだろう。性行為が始まってからずっと、新堂さんは楽しそうだ。それなのに、一切の余裕のないわたしと違って、たまに快感に顔をしかめる程度で喘ぎ声一つもらさない。わたしが舐めても、彼が挿れても、涼しい顔して「気持ちいーよ」だなんて。本当に?と疑ってしまう。
 だけどそれを問いただすどころか、わたしの口から出る意味のある言葉は、「きもちいい」と「ごめんなさい」のみだ。しかしそれは言葉としての形を保てておらず、ただ音を羅列しているだけなのだ。
 何に対して謝っているのかも定かではないが、わたしは彼へ忠誠を誓うように何度も果て、やっと新堂さんが熱を吐き出したとき、めでたく彼の奴隷へと成り下がったのだった。



 行為が終わり、わたしはベッドに同化してしまいそうなほどにドロドロに溶けきっていた。新堂さんはそんなわたしのことなどお構いなしに、そそくさとシャワーを浴びに行く。
 この事後の冷たさが愛のなさを証明しているのだろう。性欲についていけないと振られてきたが、曲がりなりにも恋人関係だったのだ。事後このようにほったらかしにされたことは今まで一度もなかった。惚けた頭で、ネットで見た体験談と一緒だぁ、と呑気なことを考えていた。

「ひまりちゃんもシャワーしてきたら?」

 帰ってきた新堂さんはまだ惚けているわたしを一瞥し、ペットボトルを差し出しながらそう言った。たしかに、もはや正体のわからない液体まみれの体で帰るわけにはいかない。
 わたしは差し出されたペットボトルを有り難く受け取り、のそのそと起き上がった。今度はすでに蓋を開けてくれているみたいだ。わたしはそのまま口をつける。
 しかしこうも体の筋肉すべてが緩んでいるのか。しっかりと口をつけたはずなのに端からこぼれ落ちる水を感じ、わたしは思わず笑ってしまう。そんなわたしを見て、「めっちゃこぼしてるじゃん」と新堂さんも笑った。

 水を流し込んだことにより、思考が徐々にクリアになってゆく。そんなわたしを新堂さんが見つめ「気持ちよかったね」と優しく微笑んだ。
 新堂さんはずるい。全然優しくない、どころか雑に扱うくせに、笑顔がどこまでも優しいのだ。笑いかけられただけで嫌なこと全てを精算できてしまいそうだ。

「またセックスしようね」

 だなんて、本音かどうかさえわからない言葉もなんの気なしに言ってしまう。わたしが断れないって分かった上で誘ってる。それに万が一わたしが断ったところで新堂さんにはダメージ一つないのが悔しい。
 だって彼には「体だけの関係でもいいから」という女の人がたくさんいるのだ。直接聞いたわけではないけれど、それぐらい分かる。
 この人の特別になりたい。それは性欲を発散する相手を見つけたい、という願いよりも長く険しい茨の道だろう。頭では分かっているが、心と体がそれを拒絶する。甘い愛の囁きなど一つもくれない。だけど上品な顔で見つめられ、テクニックでグズグズに溶かされて、わたしは自ら底なし沼に飛び込んだのだ。
 もがけばもがくほど深みにハマっていく。もがかなくてもズブズブと沈んでいく。行くも地獄、戻るも地獄。負けることが確定している試合なのだ。それでも繋がっていれば可能性は残る。それがどれだけ小さくても、だ。そうなれば、わたしは自分から繋がりを解消することなどできなかった。



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