朔ちゃんはあきらめない

 2回目の呼び出しは割とすぐにあった。新堂さんはわたしの「会いたい」に「忙しい」と言って断った翌日に、「今からならセックスできるけど?」と誘ってきたのだ。どこまでも身勝手で傲慢な男だと思う。けれどわたしは突然のお誘いにも二つ返事で会いに行ってしまうのだ。随分とちょろい、都合の良い女である。

 今日も声が枯れるほど喘がされ、前後不覚になるほどイかされたわたしは息も絶え絶えにベッドに沈んでいた。なんなら過呼吸気味で手足の先が痺れている。
 新堂さんは前回と同じ様にさっさと自分だけシャワーを浴びて、さっぱりした身体でわたしが寝そべるベッドへ腰掛けた。

「だいじょーぶ?」

 その言葉にはちっとも心がこもっていない。形式上問いかけたことが嫌でも伝わってきた。だけど新堂さんに夢中なわたしはそんなこと気にもせず、「手足が痺れます」と現状を伝えた。
 新堂さんは「過呼吸なってんじゃん」と声を出して笑う。それこそ「大丈夫!?」と心配するところだろうと思ったが、この人にはわたしがなにを言っても響かないのだ。悲しいかな、わたしは大勢いるセフレうちの一人だろう。だから今は"面倒な女にならない"これだけを目標に掲げて接していた。

「だいぶ落ち着いてきました」
「そ?シャワー浴びるでしょ?」

 なんだか、さっさと帰りたいからさっさと浴びて来いと言われている気持ちになる。わたしがひねくれ過ぎだろうか?新堂さんのとことん優しい笑顔はそんなこと微塵も感じさせないのに。
 
 わたしが「はい」と返事をして起きあがろうとしたとき、新堂さんのスマホが震えて着信を知らせた。わたしが居ては出られないかな?と急いでお風呂場へ向かう。脱衣所の鏡に映った自分を見ながら、今日も随分汚されたな、と笑う。そして先ほどまでの行為が思い出され、お腹の下の方がずくりと疼いたのだ。
 

 シャワーを簡単に済ませて脱衣所へ出ると、薄い扉越しに新堂さんの声が聞こえた。誰かと話していることを理解し、わたしがお風呂場へ向かう時にかかってきていた電話を思い出す。聞き耳を立てることは失礼だと分かっているが、漏れ聞こえる声から察するに揉めているようで、気になって気になって仕方がない。
 わたしは何をするにも音が出ないように気をつけ、微かに聞こえてくる新堂さんの声に耳をそばだてた。「めんどっ!」「はーい、おつかれ」と言っていることだけ認識できたが後は分からない。そしてすぐに静寂が訪れた。
 どうやら電話も終わったようなので、わたしはそっと扉の取っ手を回す。一応隙間から部屋を確認し、確実に電話が終わっていることを確かめてから扉を開けた。

「ごめん、お待たせ」

 これは新堂さんのセリフだ。わたしが脱衣所で通話が終わるのを待っていたことに気づいていたらしい。「いえ、全然」とだけ返し、慌てて脱衣所に向かったために持って行けなかった下着と服を持つ。「着替えてきますね」と再び脱衣所に向かおうとすると「ひまりちゃんって僕のこと好き?」と唐突に聞かれたのだ。
 わたしは質問の真意が掴めず時が止まったかのように固まる。これになんと答えるのが正解なのだろうか。「どうしてそんなことを聞くんですか?」「好きです」「好きじゃないです」などといくつかのパターンが瞬時に頭を巡った。

「新堂さんとするセックスが好きです」

 巡った上でわたしが選んだ答えはこれだった。新堂さんは自分のことを好きになられると引いてしまう気がする。かといって、好きじゃないです、とはわたしが言えそうになかった。あとの質問に質問で返すことは、割とせっかちな新堂さんをイラつかせそうだと思ったのだ。だから、今わたしが言える精一杯の本心を伝えた。
 わたしの答えを聞いた新堂さんは綺麗な顔を綻ばせ、大きな口を開けて笑った。

「うん、分かる。僕もひまりちゃんとのセックス大好き」

 涙を浮かべながらそう返され、わたしの返答が間違いではなかったと知り、一先ず胸を撫で下ろした。一か八かで正解を選ぶことより、間違いを選択しないことが重要なわけだ。そうすればこれからの関係の中でポイントを積み上げるチャンスにも巡り会えるだろう。

「ねぇ、ひまりちゃんは僕のこと好きにならないでね?」

 先ほどまで見せていた無邪気な笑顔との落差が激しい冷たい表情だ。涼しげな目元や凛々しい眉がそう感じさせるのだろうか。いつもは飄々とニコニコしているので明るいイメージが強いが、新堂さんの真顔は体温をもたないような冷たさを感じる。

「……わたしが新堂さんのことを好きに?ならないですよ!わたしのタイプとは違うので!」
「へぇ?ひまりちゃんのタイプってどんななの?」

 わたしのことを全くと言っていいほど聞いてこない新堂さんに話を掘り下げられた。そんなことで体が宙に浮いてしまいそうなほどに嬉しくなる。おめでたい頭だ。
 だけど間違えてはいけない。これはわたしに興味が湧いたとかそういったことではなく、新堂さんのただの気まぐれだ。先ほどの返答がツボに入ったから機嫌が良いのだろうか。まぁ笑わせてくれたお礼に聞いといてやるか、ぐらいのノリだろう。

「えっと……目がクリっとしてるうさぎみたいな顔で、少しぶっきらぼうでヤンチャなイメージの人が好きです!あと、年下がいいですね」

 懸命に新堂さんから遠い人物像を羅列した。少し苦しかっただろうか?と心配になったが、そんなことは杞憂だったようだ。
 わたしのタイプを聞き終えた新堂さんは「まんま僕の弟じゃん!」と目を輝かせたのだ。

「え?弟いるんですか?」

 思ったことがそのまま口から出てしまった。「そ、今高1のね」と楽しそうに話す新堂さんを見るに、どうやら弟のことはたまらなく可愛いらしい。初めて触れた新堂さんの普通っぽさにトキメキが止まらない。女の人のことはーーもちろんわたし含めて、だーーこんなに雑に扱うくせに、弟大好きとか可愛いすぎん?

「今度会ってみてよ!」

 かわいすぎるんだけど、としか考えていなかったわたしにガツンと殴られた様な衝撃が走る。え?会う?わたしが新堂さんの弟と?なんで?あ、わたしのテキトーに言ったタイプがまんま弟くんだったからか!なるほどなるほど……え?なんで?それって紹介ってこと?普通、大事な弟に自分のセフレを紹介なんてするか?
 やっぱり新堂さんはよく分からない人だ。だけどそんなところも魅力なのだ。掴めない人って心をくすぐられる。

「お願いしまーす」

 とにこやかに了承をしたのは、それを口実にまた新堂さんと会えるからに他ならなかった。
< 6 / 20 >

この作品をシェア

pagetop