過保護な次期社長の甘い罠〜はじめてを、奪われました〜
「ああ、そう、違うの」

そんな私を見て坂崎さんはくつくつと面白そうに肩を揺らして笑う。

あ、これ揶揄われたな………!


その後も店長はやっぱり忙しいらしく、途中何度か抜けながらも大我や遥くんの話とか、あの頃の話とか。

いろいろ話しながらもカラーとカットを着々と仕上げてくれて、来店してから2時間半というところで「はい、完成」と頭をぽんと叩かれた。

「うわあ、キレイな色です!ありがとうございます!」

鏡越しにそう言うと、坂崎さんは「うん、似合ってる」と満足そうに頷いた。


お会計も済ませて、最後に預けていたノーカラーの薄手のコートを着せてくれて。

お店の外まで見送りに来てくれた時、坂崎さんはすっ、と私のコートのポケットに何かを忍ばせた。


「じゃあまたな、羽衣坊」


そして傾きかけた陽に照らされながら色気たっぷりの微笑みだけを残して、そのまま坂崎さんは店内へと戻っていったのだった。


歩き出しながらポケットを探ると、それは1枚の名刺。

裏を見るとそこにはトークアプリのIDらしきものと携帯番号。それと、

"連絡しないと家まで押しかけるぞ"

と意外と整った字で物騒なことが書かれていた。
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