むり、とまんない。


名前を呼ばれない。

目も合わない。


話しかけようとすれば距離をとられる。


『遥』


そう、胡桃に名前を呼ばれないだけで。

胡桃の声を聞かないだけで。


胡桃と目が合わないだけで。


『っ、くっそ、なんで……っ』


荒れて荒れて荒れまくって。

いつも冷静でいられる自分が醜いくらいに苛立つ毎日。


そんなときに桃華のモデルデビューがきまって、たまたま杏と俺がスカウトされて。


芸能界なんて興味すらなかった。

というか、胡桃と離れることすら考えてなかった。


ただ、

『遥の歌、私はすきだよ』


そう胡桃が言ってくれるだけで、俺はいつもいつも十分なくらい幸せだった。


『歌手として、アーティストとして活躍するようになれば、胡桃の気持ちが変わるかもしれない』


そう杏から言われたとき。


また前みたいに。


一緒に登下校して、話して。

遥って、呼んでくれるかもしれない。


また胡桃が笑って、「遥」って呼んでくれるかもしれない。

そう思ったら、どんな世界にだって飛び込める気がした。
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