むり、とまんない。


朝のことを思い出していたら、たまたま甘利くんも自販機にやってきたみたいで。


「今日、遥は?」


「あ……なんか新曲の準備で忙しくて、これからあまり学校に来れないかもって」


「そうなんだ」


ふたりで少し話をすることにした。



新曲の準備って、本当?

私と顔を合わせづらいから、そう言ってるだけなんじゃないの?


考え出したらとまらなくて、醜い黒くて汚い考えだけが心の中にたまっていく。


「昨日は、急にごめん」


「え……」


「遥の前で、手握ったこと」


コーヒーを飲んでいた甘利くんだったけど、ふうっと息をはくと、どこか緊張したような面持ちで、私を見た。


「甘利、くん……?」

「橘」


「っ……」


この瞳を、私は知ってる。


私だけしか見ていない。

じっと見つめてくるその瞳が、甘く、どこか燃えそうなほど熱くて。


これから甘利くんが言おうとしていることに、察しがついた。


私、バカだ。

本当にバカだ。


ほんと、鈍感すぎる自分がいやになる。

情けなくなる。


「バカじゃないよ、橘は」


「え……」


「バカなのは俺だ」


私の心の声が聞こえたんだろう。

自分をひたすら罵っていたら、甘利くんは私のほうへ一歩近づいた。


「もう叶わないって思ってた。
保育園の頃から橘の隣には遥がいて、俺が橘に話しかけようもんなら、めちゃくちゃ怖い顔してて」


まだ保育園だって言うのに、どんな独占欲だよ、あいつ。


なんて甘利くんは笑う。
< 288 / 346 >

この作品をシェア

pagetop