その星、輝きません!
 「拉致? 何を言っているんだ?」

 俺は焦って両手を上げると、違うとジェスチャーした。

 すると、その若者は自転車を降り、俺に近づいてきた。俺より、少し背の高い体育会系の顔だ。なにか、面倒臭い事になるのか?

 その若者が俺の前に手のひらを上に向けて、車の方へと左右に動かした。

「どうぞ、どうぞ、拉致してください。しばらく監禁して頂ければ幸いです」
 
 若者はペコリと頭を下げた。


「へっ?」

「良太! 何言ってるのよ! あんたに話があってわざわざ来たんじゃない!」

 
 俺は、自分がぽかんと口を開けている事に気が付いた。


「俺、バイトだから行くぞ。こんないい車にイケメンと乗れるんだから、拉致されろよ!」

「バカ! 助けなさいよ」

 彼女は、自転車で去って行く若者の背中に向かって叫んだ。


「拉致じゃないが。とにかく乗れよ」


 彼女の背中を軽く押した。思ったより細くて華奢で、なんだかどうしようなく気持ちが落ち着かなくなった。


「社長、お時間です。そろそろ向かいませんと、先方をお待たせしてしまいます」

 車から降りてきた山下が、俺を車に乗るよう促した。

「だったら、お前も彼女を車に乗せてくれ」

「嫌ですよ。いくら社長の指示でも拉致の共犯は嫌です。」

 山下は深刻な顔をして、首を横に振った。


「違う!」

 俺が叫ぶと。


「社長。お時間です。お車にお乗りください」

 と、彼女が丁寧に頭を下げて言った。なんのつもりだか知らないが、彼女の姿に身体の力が抜ける。


「お乗りください」

 山下も、付け加えて言った。


「はあ~」

 俺は大きなため息をついて、仕方なく彼女の背中から手を離した。これ以上、時間を取っていたら先方を待たせてしまう。それが、まずい事くらい俺だって分かっている。渋々と車に乗り込んだ。


 ドアが閉まった窓から、彼女の方を見た。


「お仕事、がんばって~」

 彼女が俺に笑顔で手を振った。

 
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