僕と彼女とレンタル家族
第8話 「信じるもの」
仕事が休みと言うこともあり、長く寝て過ごそうと思っていた在過だったが、先ほどから大きな物音が何度も聞こえており目が覚めてしまった。

寝惚け眼で周囲を見渡すと、タンスの中を漁っている神鳴がいる。なにか欲しいものがあって、探し物でもしているのかと思い、在過は声を掛けた。

「神鳴? なにか探してる?」

「ねぇ……このゲーム捨てていい?」

手に持っているのは、在過がシリーズで購入している作品のゲームソフトだった。究極の泣きゲーと言われるほど良作品で、新作やファンディスクは必ず購入するほど、在過は好きだった。

「いやいや、ダメに決まってるじゃん。いきなり過ぎて、目が覚めたよ」

「なんでダメなの? もしかして、この女の子の事好きなの?」

「えぇ……。えっと、ちょっと待って。神鳴の言ってる意味が理解できない」

「家に来てからずっと気になってたんだけど、まさかこんなに沢山あるなんて思わなかった。しかも、これ全部同じタイトルのゲームだし。この絵に描かれてる女の子が好きなの?」

タンスの奥にしまっていたゲームソフトを取り出し、在過に突き出してくる。神鳴の表情は怒っており、綺麗に保管していたパッケージの箱が潰れていることにショックを受けながらも、神鳴を見つめる。

「まぁ、確かに好きだよ。 リリース当初から購入してるシリーズだから」

「ありえない! 神鳴がいるのに、なんで女の子のゲームするの!!」

「いや、ちょっと待て。高校から買ってたシリーズのゲームだからね? その時、まだ神鳴と出会ってないでしょ」

「じゃぁ、いま神鳴がいるんだから、捨ててもいいよね」

「無理」

「なんでよぉ! こんなのが家にあるの嫌なの!」

「ちょっ投げるな」

手に持っていたゲームソフトを投げつけ、タンスに保管されている同じシリーズのゲームソフトも次々と投げてくる。すでに神鳴は泣いており、時刻は10時30分頃。

せっかくの休みなのに、早い時間帯からこんな事態にならなければいけないのか? 在過は頭痛を感じながらも、投げたゲームソフトを拾ってベットに置く。

「ほら! 神鳴よりゲームを選ぶんだ。女の子ばかり出るゲームするなんて気持ち悪い!」

「はぁ? それは偏見だろ。映画にもなっているし、すごくいいストーリーなんだぞ! それに、神鳴が遊ぶわけじゃないのに、関係ないだろ」

「彼氏が、恋愛シミュレーションゲームやってるなんて恥ずかしい。普通に考えて、気持ち悪いじゃん! 今すぐ捨ててよ」

「だから、嫌だって。最近、神鳴ずっと家に居るから、買ったばかりの新作だけど、遊んでないだろ?」

「神鳴のせいにするの! そんなゲーム遊ばないのが普通じゃん!」

「はぁ、別に神鳴のせいにしてないだろ? なんでそんなに嫌なんだよ」

神鳴はすでに泣き出してしまい、在過も学生の頃から好きだったゲームシリーズを馬鹿にされ、気持ち悪いと言われた発言に怒っていた。

「だって、かわいい女の子ばっかり出てくるゲームじゃん。神鳴より、こっちの女の子が好きなんでしょ!」

「それ本気で言ってる? これゲームだよ? 絵だよ?」

「ちゃんと答えて! 神鳴より、この女の子が好きなんでしょ!」

「これはゲームでイラストなの。恋愛感情は抱きません。好きなのは、お前だって」

「お前じゃない! 名前で言って!」

「神鳴」

「違うの! ちゃんと全部言って」

「好きなのは、篠崎神鳴です」

「そうじゃなくて。なんでフルネームなの、違う!」

「何なんだよ! ちゃんと名前言っただろ?」

「神鳴だけが好きって言って」

「……神鳴だけだ好きだよ」

「本当?」

「本当」

「じゃぁ、これ全部捨てていいよね」

「なんでそうなるんだよ。嫌だって言ってるじゃん」

「うぇぁぁえぇ。やだやだやだ」

泣き崩れた神鳴は、床に座り込むと大泣きしてしまう。どうしたものか……と考えていると、自宅のインターホンが鳴る。

「……居留守でいいか」

ネット通販で頼んでいた書籍以外、在過の自宅に訪れるものはいない。在過は、後で再配達を依頼すればいいかと考え、居留守を使う事にした。

しかし、インターホンは何度も連打されるように鳴り響いている。

目の前では、在過のゲームソフトを床に叩きつけている泣いた神鳴がいる。もしかしたら、女性が大声で泣いている声が外にも聞こえて、近所の人が駆けつけてしまったのかもしれない。

「……どうするかな」

インターホンだけじゃなく、扉を叩く音まで聞こえ、このまま居留守を使う事は無理と判断した在過は、玄関に向かう。

「は?」

玄関に向かう為に立ち上がった時、自宅のカギが開いた。

「神鳴!」

「ママぁ~~」

玄関から入ってきたのは、ふくよかな女性。見た目は若く見えて、年齢は30代後半と言っても違和感がないだろう。そんな神鳴の母親は鬼のような形相で部屋に入ってくると、神鳴がママと言いながら駆け寄っていく。

その光景を呆然と眺め、思考が追い付かない。

なぜ、神鳴の母親が家に来たのだろうか?
なぜ、家の場所を把握しているのだろうか?
なぜ、鍵が掛かっていた部屋に入ってこれたのだろうか?

玄関前で抱き合っている二人を眺め、なぜ? と言う疑念が思考を埋め尽くす。
神鳴の母親が在過を見ると、威嚇するかのように睨みつけている。

彼女の母親は玄関で靴を脱ぎ、我が娘と一緒に奥の部屋までやってくる。
恐怖でも、不安でもない。

在過の全身を包み込む、今までに経験したことのない異物の感覚。
ただ、こちらに向かってくる母親の姿を眺め棒立ちになる。

神鳴は、母親の後ろに隠れ一緒についてくるが、泣き続けている姿に対して在過は、僕が泣きたいよと思う。彼女の母親が睨みつけながら在過の目の前までくる。

娘に聞かせたくないのか耳元でささやいた。

「よくも娘を泣かせたな、この悪魔。死ぬまで赦さないからね」
「え……?」

一瞬、何を言われたのか理解できない。
この人は、いま何て言ったんだ?

全身が警告するかのように、心臓の鼓動が早くなり汗が滴っている。
しかし、神鳴が母親の隣に立つと、先ほどまでの怖い表情はなく。

――笑っていた――
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