僕と彼女とレンタル家族
第12話 「友人 」
「お疲れ様」
「おつかれ。連絡もらってたのに、遅くなって悪い」
「大丈夫だよ。前回打合せした原稿が仕上がったから、確認して欲しいと思ってね」
「了解。メールに添付しておいて」
「いま外出中だから、夕方までには送るよ」
「わかった」
在過と電話しているのは、一緒に活動している同人作家の、ノウたりんと言うペンネームを使っている友人だった。在過が物語を考え、ノウたりんが漫画を描く。専門学校時代に知り合い、専科の共通点はなかったが、意気投合して長く付き合っている人であった。
「近藤。最近忙しそうだけど、大丈夫か?」
「そうだな。仕事ってわけじゃないんだけど」
「妹さん?」
「それもあるけど、今回は違う。職場で知り合った女性と、付き合った話はしたよな」
「あぁ」
「その彼女と、母親の件でちょっとな」
「お前、いつも一人で考えて相談しないからな。また、鬱病にでもなるぞ?」
プライドが高いからなのか、在過は自分に関する問題は、余程のことがない限り友人とて相談しない。家庭環境や妹の件に関しても、今後の事を考えて、お付き合いした女性や信頼できる友人にしか話をしない。また、決定的な部分は絶対に語らなかった。
それは、現在の彼女である神鳴にも話していないし、元恋人にも話したことがない過去。親の借金や妹の病院費と言った金銭的問題を抱え、それでも念願の専門学校に通う事ができた在過。
しかし、その後も妹の病状が悪化したり、育ててもらった祖母がくも膜下出血で倒れ、さらなる金銭問題がでてくるなど、在過は精神的にも生活面でも追い込まれていた。
いつしか、疲れてしまった在過は、死を考えるようになり、楽しめるはずの学校生活が苦痛に感じていた。そんな時に助けてくれたのが、ノウたりんと言う人物。
「いやぁ……じつは。就職してからも、家のことでトラブルが多くてね。自殺するとこだったんだよね、ははは」
「はぁぁぁ? 笑い事じゃなねぇだろ。そんな事になってたなんて、私は聞いてないぞ」
「あれが、無と言うやつなのかもな。マジで、もう……どうでもいい、疲れたから死ぬか!って感じだった」
「今生きてるから、思いとどまったんだろうけど」
「そんな時に、今の彼女と出会って救われたと言うのかな。何か、してもらったわけじゃないんだけどね」
「あぁ~なるほどな。でも、その彼女と母親だっけか? なにかあったんだろ?」
「……」
「喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩なのかな。いや、喧嘩だと思うんだけど。正直、今日電話した理由の一つで、ノウたりんに相談したかったんだ」
「任せろ! 私でよければ、いつでも聞いてやるよ。良いアドバイスできるか、わからないけど」
「ありがとう」
在過は、今まであった事情をノウたりんに全て伝えた。誰かに聞いてもらっている時間は、心がすっと安らぐひと時。その瞬間だけかもしれないが、辛かったと言う感情が消えていく感覚がある。
また、在過の中でノウたりんだけが、真剣に、親身になって聞いてくれる。たったそれだけの事かもしれないが、在過にとって何度も救われた存在。
神鳴と彼女の母親に関する話をしている僕は、どんな声色で話をしているのだろうか? 頭でそんなことを考えながら、在過は喋る言葉が止まらない。
無言で聞いてくれるノウたりんは、本当は迷惑じゃないだろうか?
無関係の彼女に、自分の問題を相談してもよかったんだろうか?
やっぱり、話すべきではなかったのかもしれない。会話している最中に、そんな思いが在過の口調をはやくしていく。早く終わらせなければ、親友である彼女に、これ以上迷惑は掛けられない。在過は、過去何度も相談する度にそう感じ、決定的な部分を隠してしまっていた。
在過自身は、気づいていなかった。自分を強く見せ、弱い部分を隠す。積み重なった不安やストレスが、どんどん蝕んでいくことに。そんな在過を学生時代から見てきたノウたりんは、毎回手を差し伸べているが、在過はそれに気づかない。
「そうか。まだ付き合って数ヶ月だろ? 私は、早く別れるべきだと思うけどな。でも、好きなんだな?」
「そうだね。最初は好きと言うより、一緒にいるだけで、今までに感じたことのない幸福感があったんだ。けど、話した通りだけど、こんな状態になっているはずなんだけど、より彼女を知りたい……家族になりたいと思った」
「まぁ、お前の過去の恋愛も知ってるが、そこまで言うなら、お前にとって本当の恋愛なのかもな」
「ふふ。彼女の母親には、相当恨まれているようだけどな。正直、僕の中で彼女の母親とは、二度と関わりたくないカテゴリーに分類された」
「私は、その母親のことは、聞いたことしかわからないけど。いくら一人娘だと言っても、すごいな」
「どうなんだろうか? 僕の母親は息子に対して包丁を突き付けて、父親からのお小遣いを奪う人だったからな。優しい母親と言う存在が本当にいるのかと思うことがある」
「いや、それはお前の母親が異常なだけだろ」
「小学4年生の頃にしては、面白い経験だった」
「全然おもしろくねぇ!!」
「でも、それネタにして漫画描いたじゃん」
「……わるい」
「ははは、冗談だよ」
「心臓に悪いから、やめてくれ」
何気ない、友達との会話。気を遣わず、素の自分をさらけ出すことが出来るノウたりんと言う存在は、過去も現在も居心地がいい時間だった。一緒に打合せでカラオケに行ったり、喫煙所でタバコを吸いながら飲んだコーヒーの意見を交換する。
なんてことない、普通の時間が、在過には最高の時間。
「それで。その、彼女さんの事だけど、メンヘラちゃんだね」
「あ、やっぱそうなのか」
「絶対にそうでしょ! 自分以外の女の子は許せない!って時点でそうじゃない? まぁ、ゲームのキャラの女の子に嫉妬するのは凄いと思う」
「最初はそう思ってたんだけどな。そんな彼女も、徐々に可愛いと思っている僕がいるよ」
「お前の好きになる女の子は謎すぎる」
「そうか?」
「そうだろ! 元カノだって 同じ学校に通ってた、裕美さんだろ? あの子も、お前の過去聞いて離れてすぐに、別の彼氏つくって。なのに結局、ストーカーまでされて大変だったじゃん」
「あぁ~。あれは怖かった。彼女に家教えてなかったのに、なぜか家の前にいるし。バイト先のシフトまで把握してたのはビビった」
「今の付き合ってる彼女もヤバいとは言わないけど、女運悪すぎるんだから気をつけろよ」
「ありがとう。なんかノウたりんと喋ってスッキリした」
「なら、いいんだけど。無理すんなよ? 何かあったら遠慮なく電話してこい」
「おう!」
数日間の疲れた精神が、友人と話をすることで少し解消された在過。もう一本タバコを口にくわえ、火をつける。肺に入り込む煙を堪能しながら、ゆっくりと吐き出す。
「まだ、同じの吸ってるか?」
「あれから色々試したんだけどな、やっぱりいつもの銘柄に戻って―――」
それは、悪寒。
通話しながら、タバコを吸っているだけなのだが、在過は唐突の悪寒に襲われる。吸い始めたばかりの煙草を消し、携帯灰皿に入れる。タバコの臭いと混じる、嗅ぎなれた匂い。
「わるい。腹痛がヤバくて、トイレ行くから切るな」
「はいよ。原稿確認したら、連絡くれ」
「わかった」
通話を終えて、在過は携帯をポケットにしまう。ゆっくりと立ち上がり、自分の家に戻るため後ろを向いた。玄関の扉が開いており、隙間から顔を覗かせている神鳴がいる。不安そうな表情で、涙を流して在過を見ていた。
「いつ起きたの? また泣いてるけど、なにかあった?」
「さっき起きた。起きたら在君いなくなってるんだもん」
「あぁ、ごめんな。ちょっとタバコ吸ってた」
「ねぇ、いま電話してた人だれ?」
「おつかれ。連絡もらってたのに、遅くなって悪い」
「大丈夫だよ。前回打合せした原稿が仕上がったから、確認して欲しいと思ってね」
「了解。メールに添付しておいて」
「いま外出中だから、夕方までには送るよ」
「わかった」
在過と電話しているのは、一緒に活動している同人作家の、ノウたりんと言うペンネームを使っている友人だった。在過が物語を考え、ノウたりんが漫画を描く。専門学校時代に知り合い、専科の共通点はなかったが、意気投合して長く付き合っている人であった。
「近藤。最近忙しそうだけど、大丈夫か?」
「そうだな。仕事ってわけじゃないんだけど」
「妹さん?」
「それもあるけど、今回は違う。職場で知り合った女性と、付き合った話はしたよな」
「あぁ」
「その彼女と、母親の件でちょっとな」
「お前、いつも一人で考えて相談しないからな。また、鬱病にでもなるぞ?」
プライドが高いからなのか、在過は自分に関する問題は、余程のことがない限り友人とて相談しない。家庭環境や妹の件に関しても、今後の事を考えて、お付き合いした女性や信頼できる友人にしか話をしない。また、決定的な部分は絶対に語らなかった。
それは、現在の彼女である神鳴にも話していないし、元恋人にも話したことがない過去。親の借金や妹の病院費と言った金銭的問題を抱え、それでも念願の専門学校に通う事ができた在過。
しかし、その後も妹の病状が悪化したり、育ててもらった祖母がくも膜下出血で倒れ、さらなる金銭問題がでてくるなど、在過は精神的にも生活面でも追い込まれていた。
いつしか、疲れてしまった在過は、死を考えるようになり、楽しめるはずの学校生活が苦痛に感じていた。そんな時に助けてくれたのが、ノウたりんと言う人物。
「いやぁ……じつは。就職してからも、家のことでトラブルが多くてね。自殺するとこだったんだよね、ははは」
「はぁぁぁ? 笑い事じゃなねぇだろ。そんな事になってたなんて、私は聞いてないぞ」
「あれが、無と言うやつなのかもな。マジで、もう……どうでもいい、疲れたから死ぬか!って感じだった」
「今生きてるから、思いとどまったんだろうけど」
「そんな時に、今の彼女と出会って救われたと言うのかな。何か、してもらったわけじゃないんだけどね」
「あぁ~なるほどな。でも、その彼女と母親だっけか? なにかあったんだろ?」
「……」
「喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩なのかな。いや、喧嘩だと思うんだけど。正直、今日電話した理由の一つで、ノウたりんに相談したかったんだ」
「任せろ! 私でよければ、いつでも聞いてやるよ。良いアドバイスできるか、わからないけど」
「ありがとう」
在過は、今まであった事情をノウたりんに全て伝えた。誰かに聞いてもらっている時間は、心がすっと安らぐひと時。その瞬間だけかもしれないが、辛かったと言う感情が消えていく感覚がある。
また、在過の中でノウたりんだけが、真剣に、親身になって聞いてくれる。たったそれだけの事かもしれないが、在過にとって何度も救われた存在。
神鳴と彼女の母親に関する話をしている僕は、どんな声色で話をしているのだろうか? 頭でそんなことを考えながら、在過は喋る言葉が止まらない。
無言で聞いてくれるノウたりんは、本当は迷惑じゃないだろうか?
無関係の彼女に、自分の問題を相談してもよかったんだろうか?
やっぱり、話すべきではなかったのかもしれない。会話している最中に、そんな思いが在過の口調をはやくしていく。早く終わらせなければ、親友である彼女に、これ以上迷惑は掛けられない。在過は、過去何度も相談する度にそう感じ、決定的な部分を隠してしまっていた。
在過自身は、気づいていなかった。自分を強く見せ、弱い部分を隠す。積み重なった不安やストレスが、どんどん蝕んでいくことに。そんな在過を学生時代から見てきたノウたりんは、毎回手を差し伸べているが、在過はそれに気づかない。
「そうか。まだ付き合って数ヶ月だろ? 私は、早く別れるべきだと思うけどな。でも、好きなんだな?」
「そうだね。最初は好きと言うより、一緒にいるだけで、今までに感じたことのない幸福感があったんだ。けど、話した通りだけど、こんな状態になっているはずなんだけど、より彼女を知りたい……家族になりたいと思った」
「まぁ、お前の過去の恋愛も知ってるが、そこまで言うなら、お前にとって本当の恋愛なのかもな」
「ふふ。彼女の母親には、相当恨まれているようだけどな。正直、僕の中で彼女の母親とは、二度と関わりたくないカテゴリーに分類された」
「私は、その母親のことは、聞いたことしかわからないけど。いくら一人娘だと言っても、すごいな」
「どうなんだろうか? 僕の母親は息子に対して包丁を突き付けて、父親からのお小遣いを奪う人だったからな。優しい母親と言う存在が本当にいるのかと思うことがある」
「いや、それはお前の母親が異常なだけだろ」
「小学4年生の頃にしては、面白い経験だった」
「全然おもしろくねぇ!!」
「でも、それネタにして漫画描いたじゃん」
「……わるい」
「ははは、冗談だよ」
「心臓に悪いから、やめてくれ」
何気ない、友達との会話。気を遣わず、素の自分をさらけ出すことが出来るノウたりんと言う存在は、過去も現在も居心地がいい時間だった。一緒に打合せでカラオケに行ったり、喫煙所でタバコを吸いながら飲んだコーヒーの意見を交換する。
なんてことない、普通の時間が、在過には最高の時間。
「それで。その、彼女さんの事だけど、メンヘラちゃんだね」
「あ、やっぱそうなのか」
「絶対にそうでしょ! 自分以外の女の子は許せない!って時点でそうじゃない? まぁ、ゲームのキャラの女の子に嫉妬するのは凄いと思う」
「最初はそう思ってたんだけどな。そんな彼女も、徐々に可愛いと思っている僕がいるよ」
「お前の好きになる女の子は謎すぎる」
「そうか?」
「そうだろ! 元カノだって 同じ学校に通ってた、裕美さんだろ? あの子も、お前の過去聞いて離れてすぐに、別の彼氏つくって。なのに結局、ストーカーまでされて大変だったじゃん」
「あぁ~。あれは怖かった。彼女に家教えてなかったのに、なぜか家の前にいるし。バイト先のシフトまで把握してたのはビビった」
「今の付き合ってる彼女もヤバいとは言わないけど、女運悪すぎるんだから気をつけろよ」
「ありがとう。なんかノウたりんと喋ってスッキリした」
「なら、いいんだけど。無理すんなよ? 何かあったら遠慮なく電話してこい」
「おう!」
数日間の疲れた精神が、友人と話をすることで少し解消された在過。もう一本タバコを口にくわえ、火をつける。肺に入り込む煙を堪能しながら、ゆっくりと吐き出す。
「まだ、同じの吸ってるか?」
「あれから色々試したんだけどな、やっぱりいつもの銘柄に戻って―――」
それは、悪寒。
通話しながら、タバコを吸っているだけなのだが、在過は唐突の悪寒に襲われる。吸い始めたばかりの煙草を消し、携帯灰皿に入れる。タバコの臭いと混じる、嗅ぎなれた匂い。
「わるい。腹痛がヤバくて、トイレ行くから切るな」
「はいよ。原稿確認したら、連絡くれ」
「わかった」
通話を終えて、在過は携帯をポケットにしまう。ゆっくりと立ち上がり、自分の家に戻るため後ろを向いた。玄関の扉が開いており、隙間から顔を覗かせている神鳴がいる。不安そうな表情で、涙を流して在過を見ていた。
「いつ起きたの? また泣いてるけど、なにかあった?」
「さっき起きた。起きたら在君いなくなってるんだもん」
「あぁ、ごめんな。ちょっとタバコ吸ってた」
「ねぇ、いま電話してた人だれ?」