僕と彼女とレンタル家族
第22話 「はじまり 6」
「その前に、近藤(こんどう)君。ちょっと話をしましょう」

雷華(らいか)が部屋の奥までくる。鼻息が荒い雷華は娘を傷つけた在過の前に立ち、殺意が湧くほど目を見開いて睨みつけていた。

 雷華の後ろに縋りつくように立っている神鳴(かんな)は、泣いたことにより充血した瞳で在過(とうか)を睨みつける。雷華と神鳴二人による威嚇ともいえる視線が、在過(とうか)の心臓を握り潰す。

「神鳴。何があったか説明して頂戴」

「うん。……在……君が、(とう)君が神鳴に怒って、友達全員消せって……怒ってきて。大切な友達だから、消せないって言ったら……ふざけるなって怒鳴ってきて……怖かったのぉぉ」

 神鳴から告げれれる真実。間違っていない、間違っていないのだが、足りない。誰もが今の発言を聞けば、在過が身勝手に怒鳴り、神鳴に交友関係消せと迫った悪魔である。

 しかし、在過の心境は違う。先に相手が消せと言ったからこそ、こちらが反発して言ってしまった言葉。たしかに在過も感情に任せて、神鳴に交友関係を消せと迫った。

「いや、ちょっと待ってよ! その言い方だと、僕が悪いみたいじゃん。さきに消せて言って来たのは、神鳴だろ! それで消すことになったから、同じように、消せるよね? って言ったんだ」

 ――抵抗。雷華の前で、少しでも抵抗しなければ取り返しがつかない気がしていた。在過は、悔しくもこの時、解決しなければ神鳴を失う……そんな気がしていた。だが、心の中で理解している部分もあった。たぶん、何を言っても彼女達は信用もしてくれなければ、僕の意見は聞かないだろう――在過はそんな気持ちもあった。

「黙りなさい! 神鳴に聞いているの! 横から割り込まないで」
「……」
「神鳴? 大丈夫よ。ゆっくり、教えてね」
「うん」

 気持ち悪い……、吐きそうだ。在過は、雷華の姿を視界に入るだけで嗚咽感が襲う。一人娘を大切に思う良い母親なのだろうが、在過の立場からすると異物。相手の言葉を聞かず、すべて否定することで、信じたい真実のみを聞く耳。

 「在君が、神鳴以外の女の子とばっかり連絡して、会ってチョコレートのプレゼントまでしてて。神鳴、その日は休みだったのに、なにも教えてくれなくて。それを言ったら、怖い顔で怒鳴ってきたの。神鳴が消したんじゃないのに、消した友達を元に戻せって要求してきて、愛知県まで探しに行けって。神鳴……神鳴怖かったのっ! 在君、力いっぱい手をグーにして殴られるところだったの!」

信頼度の違いは、時として牙を見せる。泣かされた愛娘の語る真実と、泣かせた在過が否定する真実。蓄積された信頼度の違いで、じわじわと逃げ道を失っていく。何を言っても、何をされても、覆せない信頼度。また、すべて正しいように聞こえる神鳴の言葉に、在過は思い落胆する。

 在過にとって、神鳴が伝えた真実は偽りでしかない。合っている事実もあれど、伝え方一つで意味がガラリと変わってしまう。当事者である在過が聞いても不快になる事実。

 ――どうして彼女は、僕を陥れるような嘘を伝えるのだろうかと。

 しかし、神鳴からしてみれば、話した内容はすべて真実。自分が体験した怖い体験で、身勝手に怒りをぶつけてきた在過に恐怖してしまったに過ぎない。友達の彼氏なら、こんな怖い事はしない。友達の彼氏なら、彼女のお願いを優しく聞いてくれる。

 ――だって、みんなそう言ってるんだから。どうして、私だけ不幸なの?

 お互い違う願いを相手に求め、受け入れることができない願い。どちらかが大人になり、相手を理解してあげる気持ちが少しでもあれば、また違った結果になっていたであろう。

「はぁ……。お前さぁ……私の娘に、なに傷つけてんだぁ? おいっ!」

 胸倉を掴まれ、すこし動いただけで触れる距離に雷華の顔が迫る。在過の瞳に映る雷華の表情は殺意。一刻も早くこの男から娘を助けたい。いや、助けるだけでは気が済まない。

 また、また娘は虐められている。さらに言えば、前の恋人より、この在過と言う男はより危険だ。娘と言う存在を殺しかねない。すでに一度反発すると言う、ありえない事も起きてしまっていた。

 だからこそ、在過をこのまま赦してはいけない。ただ娘から引き離すだけではいけない。償ってもらわなければいけない。神も仰っている。

――目の前の悪魔の言葉を聞いてはならぬ。赦してはならぬ。神を信じ、そして私を信じなさい。悪魔を罰しなさい。それが、貴方の役目なのです。
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