僕と彼女とレンタル家族
第23話 「神様がいるのなら」
――目の前の悪魔の言葉を聞いてはならぬ。赦してはならぬ。神を信じ、そして私を信じなさい。悪魔を罰しなさい。それが、貴方の役目なのです。
「何度でも言いますよ! 僕は神鳴を傷つけていません。神鳴から、僕の交友関係を消せと言われたので、消しました。なので、同じように神鳴も消せるよね? と言ったまでです。悪者扱いされる理由がわからない」
「黙れクソガキ。お前に発言を許した覚えはない」
耳元で囁き、できるかぎり神鳴に聞こえないようにする雷華は、在過に憎悪の感情しかない。雷華の背後に立ち、二人の様子を見ている神鳴は、SNSの画面を表示させ現状を呟いていた。
鍵垢と呼ばれるアカウントであるSNSは、承認したフレンドのみ投稿された呟きを見ることができる。フレンドの中には、大親友である亜衣を含めて、ゲームフレンドが沢山存在している。その中には、在過と付き合う間の元彼も存在していた。
神鳴は、投稿画面を操作して、自分の苦しい状況を拡散していく。
――彼氏に殴られた。
――彼氏が土下座してきて、マジ萎えたw。
――ママが助けてくれた! でも、彼氏は自分は悪くないって反論してるんだけど。
数分の間に投稿された言葉は、瞬く間に拡散する。フレンドからフレンドへ。そして、フレンドから第三者へと拡散されていく。ネット上の落ちているネタを拾い、また更に広がっていく。
ネット上のフレンドの友人たちが、神鳴へダイレクトメッセージに言葉を送る。
――別れたほうがいいよ。神鳴ちゃん、何も悪くないのに可哀そう。
沢山のメッセージが届いた内容に、神鳴は嬉しくなり頬がにやけてしまう。みんな神鳴に優しくしてくれて、アドバイスもくれる。やっぱり神鳴は悪くない。それなのに、在過は優しくしてくれるどころか、悪者扱いしてくる。間違っていないと肯定してくれる友人達の言葉が、神鳴の気持ちを高ぶらせる。
胸倉を掴まれ、雷華に責め続けられている在過は……見てしまった。
――どうして神鳴は笑っているんだ?
在過の立ち位置から、雷華のふくよかな体系が神鳴の手元を隠していたため、在過からは神鳴の顔部分しか見えていなかった。そのため、神鳴が携帯を見て微笑んでいたが、在過の視界には責められている自分を見て笑っているように見えてしまっていた。
徹底して神鳴に聞こえないように耳元で囁く雷華。その後ろで笑っていた神鳴の表情見てしまった在過は――諦めた。
「……もういいです。帰ってください」
「はぁ……謝罪もしないで帰れって。親がクソなら、子も同じだな。どうせ君の妹も、どうしようもないクズなんだろね。可哀そうに、あっごめん、自分の体を傷つける妹さんは、人間じゃなかったね」
やっぱり、こんな結末になってしまうのか。いままでも、これからもずっと。ただ、普通に恋愛をして、子供を授かって、家族と言う居場所が欲しかっただけなのに。そんな思いが、在過の涙腺を緩ませ、涙をこぼす。
悔しさと、惨めさが在過を包み込み、流れる涙を止めることができない。しかし、たった一つだけ許せない事が存在する。何を言われようと、何をされようと、大切な家族を他人に貶されることだけはゆるさない。
涙を流し、真っ赤に染まる充血した瞳で雷華見つめ、そっと呟く。
「もう一度、俺の家族を侮辱してみろ。彼女の母親だろうと許さない」
「なっ!」
在過から感じる、初めての殺意に雷華は全身を強張らせ、言葉が詰まる。娘を泣かせた在過に、なんどか忠告をしてきたが、感じたことがない感覚。いままでも、言い返してきた時と違い、それ以上に感情のこもった言葉の重みが雷華に伝わる。
殺意や恨みが宿った瞳は、雷華を怯ませると同時に、より赦せない存在へと変貌していく。だが、そんな感情の中に嬉しいと言う気持ちもあった。一度は母親の言葉を否定し、在過と一緒に居る選択をした娘が、今日は助けを求めて、素直に言う事を聞いてくれている。
――これで、この悪魔と引き離すことが出来る。
そんな最高の結果を得られただけでも、大勝利と言えた。
「神鳴! ほら、家に帰るよ。もう、近藤君と二度と話しちゃダメよ!」
「……んぅん……。今日は家に帰る」
雷華は、娘の手を引っ張ると玄関に向かう。素直についていく神鳴の後姿を見つめる在過は、なにかを失った気持ちを薄っすらと感じながら、静かに神鳴を見つめ続けていた。
靴を履き、玄関の扉を開けて出ていく。なにも言われず、何も声を掛けないで、ゆっくりと閉まる扉を眺めた。ガチャっと言う音とともに、一瞬の太陽の光が遮断され薄暗い廊下が寂しい空間を生み出した。
「……なんで、こうなっちゃうんだよ。ちくしょぉ……」
涙が止まらない。あの時、神鳴に友人を消せと言わなければ結果は変わっていたかもしれない。言ってしまった言葉は取り消すことはできず、それが相手にとって苦しいものだと忘れることもできないだろう。在過は後悔の念に苛まれる。
一定間感覚で床に落ちる涙を見つめ、鼓動の早くなる心臓の痛みを感じる。苦しく、体が重い。崩れ落ちるように床に座り込み、ギュっと胸部を抑える。
――あぁ、こんな状態になっても。僕は彼女の事が大好きなんだ。
心の奥深くから感じる恋心。今までに恋愛してきた時に感じたことがない思い。ずっと、ずっと神鳴と過ごしたい。彼女の温もり、彼女の笑顔、彼女の嫉妬で怒った時も。
――僕は、全部愛おしかったんだ。
いなくなってしまうことで、失う事で知る事実。しかし、人の感情や性格は簡単には改善されない。相手の事がどれだけ好きであっても、納得できない部分は存在する。
「僕があの時、素直に消してさえいれば。ゲームの時もそうだ、神鳴の為に、素直に捨てていれば。僕が間違っていたんだろうか」
失った側の思いは後悔と懺悔。自分を責め続け、自分が改善できたであろう部分を探し傷つける。心が弱く、寂しがりやな人ほど落ちてしまう負の連鎖。
――きっと、なにも言わないで寄り添ってくれる存在がいれば、救われたのかもしれない。
「ん?」
玄関の扉が再度ひらく。
半分開いた玄関の扉から、神鳴が顔を覗かせて在過をみる。
「在君! ごめんね。ママがおじいちゃん家じゃなくて、実家に帰って来なさいって言うから、帰るね。あと、ママが在君から連絡来ても無視しなさいって言うから、メールしても返事しないから。なにかあれば、神鳴から電話するね」
痛い。ギュっと痛みが心臓を襲うが、聞かなければいけなかった。
「……それは、別れるってことなのかな」
「んぅ~わかんない! 神鳴は在君好きだよ、でもママが別れた方がいいって言うから考えとくね」
在過に伝え終わると、勢いよく扉が閉まり再度沈黙の空間に取り残される。
「……また、ママが言うからか……」
神鳴を好きだと言う気持ちがあったが、その中でも受け入れられない部分が在過にあった。何度聞いても気持ち悪い感覚に襲われる行動。
――必ずママに電話を繋げ、プライベートな会話を盗聴されている。
――自分の意見ではなく、すべて第三者によるアドバイスをそのまま自分の言葉として行動する。
好きと言う気持ちの裏に潜む懸念。
――僕は、本当に彼女の事が好きなのだろうか?
ゆっくりと立ち上がり、ベットに仰向けに横たわる。先ほどまで騒がしかった部屋が無音になり、耳鳴りのような音だけが聞こえる。いまの在過には――うるさかった。
目尻から涙がこぼれていき、またも在過の心を襲う孤独感。こんな気持ちになるのならば、神鳴と出会わなければよかった。出会わなければ今頃、僕は死んでいただろう。
もし、本当に神様がいるのなら。
――どうして、彼女と出会わせたのだろうか?
――どうして、僕を生かしてしまったのだろうか?
――こんな気持ちになるのならば、あの時、死ねば楽だったのに。
一気に疲れが体中を襲い、在過を深い眠りに誘われていく
「何度でも言いますよ! 僕は神鳴を傷つけていません。神鳴から、僕の交友関係を消せと言われたので、消しました。なので、同じように神鳴も消せるよね? と言ったまでです。悪者扱いされる理由がわからない」
「黙れクソガキ。お前に発言を許した覚えはない」
耳元で囁き、できるかぎり神鳴に聞こえないようにする雷華は、在過に憎悪の感情しかない。雷華の背後に立ち、二人の様子を見ている神鳴は、SNSの画面を表示させ現状を呟いていた。
鍵垢と呼ばれるアカウントであるSNSは、承認したフレンドのみ投稿された呟きを見ることができる。フレンドの中には、大親友である亜衣を含めて、ゲームフレンドが沢山存在している。その中には、在過と付き合う間の元彼も存在していた。
神鳴は、投稿画面を操作して、自分の苦しい状況を拡散していく。
――彼氏に殴られた。
――彼氏が土下座してきて、マジ萎えたw。
――ママが助けてくれた! でも、彼氏は自分は悪くないって反論してるんだけど。
数分の間に投稿された言葉は、瞬く間に拡散する。フレンドからフレンドへ。そして、フレンドから第三者へと拡散されていく。ネット上の落ちているネタを拾い、また更に広がっていく。
ネット上のフレンドの友人たちが、神鳴へダイレクトメッセージに言葉を送る。
――別れたほうがいいよ。神鳴ちゃん、何も悪くないのに可哀そう。
沢山のメッセージが届いた内容に、神鳴は嬉しくなり頬がにやけてしまう。みんな神鳴に優しくしてくれて、アドバイスもくれる。やっぱり神鳴は悪くない。それなのに、在過は優しくしてくれるどころか、悪者扱いしてくる。間違っていないと肯定してくれる友人達の言葉が、神鳴の気持ちを高ぶらせる。
胸倉を掴まれ、雷華に責め続けられている在過は……見てしまった。
――どうして神鳴は笑っているんだ?
在過の立ち位置から、雷華のふくよかな体系が神鳴の手元を隠していたため、在過からは神鳴の顔部分しか見えていなかった。そのため、神鳴が携帯を見て微笑んでいたが、在過の視界には責められている自分を見て笑っているように見えてしまっていた。
徹底して神鳴に聞こえないように耳元で囁く雷華。その後ろで笑っていた神鳴の表情見てしまった在過は――諦めた。
「……もういいです。帰ってください」
「はぁ……謝罪もしないで帰れって。親がクソなら、子も同じだな。どうせ君の妹も、どうしようもないクズなんだろね。可哀そうに、あっごめん、自分の体を傷つける妹さんは、人間じゃなかったね」
やっぱり、こんな結末になってしまうのか。いままでも、これからもずっと。ただ、普通に恋愛をして、子供を授かって、家族と言う居場所が欲しかっただけなのに。そんな思いが、在過の涙腺を緩ませ、涙をこぼす。
悔しさと、惨めさが在過を包み込み、流れる涙を止めることができない。しかし、たった一つだけ許せない事が存在する。何を言われようと、何をされようと、大切な家族を他人に貶されることだけはゆるさない。
涙を流し、真っ赤に染まる充血した瞳で雷華見つめ、そっと呟く。
「もう一度、俺の家族を侮辱してみろ。彼女の母親だろうと許さない」
「なっ!」
在過から感じる、初めての殺意に雷華は全身を強張らせ、言葉が詰まる。娘を泣かせた在過に、なんどか忠告をしてきたが、感じたことがない感覚。いままでも、言い返してきた時と違い、それ以上に感情のこもった言葉の重みが雷華に伝わる。
殺意や恨みが宿った瞳は、雷華を怯ませると同時に、より赦せない存在へと変貌していく。だが、そんな感情の中に嬉しいと言う気持ちもあった。一度は母親の言葉を否定し、在過と一緒に居る選択をした娘が、今日は助けを求めて、素直に言う事を聞いてくれている。
――これで、この悪魔と引き離すことが出来る。
そんな最高の結果を得られただけでも、大勝利と言えた。
「神鳴! ほら、家に帰るよ。もう、近藤君と二度と話しちゃダメよ!」
「……んぅん……。今日は家に帰る」
雷華は、娘の手を引っ張ると玄関に向かう。素直についていく神鳴の後姿を見つめる在過は、なにかを失った気持ちを薄っすらと感じながら、静かに神鳴を見つめ続けていた。
靴を履き、玄関の扉を開けて出ていく。なにも言われず、何も声を掛けないで、ゆっくりと閉まる扉を眺めた。ガチャっと言う音とともに、一瞬の太陽の光が遮断され薄暗い廊下が寂しい空間を生み出した。
「……なんで、こうなっちゃうんだよ。ちくしょぉ……」
涙が止まらない。あの時、神鳴に友人を消せと言わなければ結果は変わっていたかもしれない。言ってしまった言葉は取り消すことはできず、それが相手にとって苦しいものだと忘れることもできないだろう。在過は後悔の念に苛まれる。
一定間感覚で床に落ちる涙を見つめ、鼓動の早くなる心臓の痛みを感じる。苦しく、体が重い。崩れ落ちるように床に座り込み、ギュっと胸部を抑える。
――あぁ、こんな状態になっても。僕は彼女の事が大好きなんだ。
心の奥深くから感じる恋心。今までに恋愛してきた時に感じたことがない思い。ずっと、ずっと神鳴と過ごしたい。彼女の温もり、彼女の笑顔、彼女の嫉妬で怒った時も。
――僕は、全部愛おしかったんだ。
いなくなってしまうことで、失う事で知る事実。しかし、人の感情や性格は簡単には改善されない。相手の事がどれだけ好きであっても、納得できない部分は存在する。
「僕があの時、素直に消してさえいれば。ゲームの時もそうだ、神鳴の為に、素直に捨てていれば。僕が間違っていたんだろうか」
失った側の思いは後悔と懺悔。自分を責め続け、自分が改善できたであろう部分を探し傷つける。心が弱く、寂しがりやな人ほど落ちてしまう負の連鎖。
――きっと、なにも言わないで寄り添ってくれる存在がいれば、救われたのかもしれない。
「ん?」
玄関の扉が再度ひらく。
半分開いた玄関の扉から、神鳴が顔を覗かせて在過をみる。
「在君! ごめんね。ママがおじいちゃん家じゃなくて、実家に帰って来なさいって言うから、帰るね。あと、ママが在君から連絡来ても無視しなさいって言うから、メールしても返事しないから。なにかあれば、神鳴から電話するね」
痛い。ギュっと痛みが心臓を襲うが、聞かなければいけなかった。
「……それは、別れるってことなのかな」
「んぅ~わかんない! 神鳴は在君好きだよ、でもママが別れた方がいいって言うから考えとくね」
在過に伝え終わると、勢いよく扉が閉まり再度沈黙の空間に取り残される。
「……また、ママが言うからか……」
神鳴を好きだと言う気持ちがあったが、その中でも受け入れられない部分が在過にあった。何度聞いても気持ち悪い感覚に襲われる行動。
――必ずママに電話を繋げ、プライベートな会話を盗聴されている。
――自分の意見ではなく、すべて第三者によるアドバイスをそのまま自分の言葉として行動する。
好きと言う気持ちの裏に潜む懸念。
――僕は、本当に彼女の事が好きなのだろうか?
ゆっくりと立ち上がり、ベットに仰向けに横たわる。先ほどまで騒がしかった部屋が無音になり、耳鳴りのような音だけが聞こえる。いまの在過には――うるさかった。
目尻から涙がこぼれていき、またも在過の心を襲う孤独感。こんな気持ちになるのならば、神鳴と出会わなければよかった。出会わなければ今頃、僕は死んでいただろう。
もし、本当に神様がいるのなら。
――どうして、彼女と出会わせたのだろうか?
――どうして、僕を生かしてしまったのだろうか?
――こんな気持ちになるのならば、あの時、死ねば楽だったのに。
一気に疲れが体中を襲い、在過を深い眠りに誘われていく