僕と彼女とレンタル家族
第38話 「喫茶店3」
 約1時間ほど電車で過ごした在過(とうか)は、目的地の新宿に到着する。東口改札を出て、近場の壁に寄りかかった在過は、携帯を取り出してノウたりんへ到着した連絡をする

 カバンから1冊の小説を取り出し、本に挟んでいる黄色の栞紐(しおりひも)から読み進めていく。恋愛コメディ×ミステリー×ホラーと言う贅沢タイトルに惹かれて購入していた「俺は彼女のお義母さんに殺される」と言う異色のストーリを在過は楽しんでいた。

「おーい。おまたせ」

 突然肩を叩かれた在過は、視線を右側に向けるとバックパックを背負ったノウたりん。身長は在過より少し高く167cm。年齢は5歳ほど離れているが、同年代と変わらないほど親友と言える仲だろう。クセ毛が嫌だとよく本人が言っているが、パーマをかけたようなクセ毛が味を出している。また、ノウたりんと言うペンネームを使っているが本名も存在する。

 彼女の名前は、小森健太郎(こもりけんたろう)。今後は名前も変えると在過と話しており、小森としては早く改名したいと嘆いていたが、親が自分の為に付けてくれたのに罪悪感でいっぱだった。

「予定より早めに来てるからね、待ってないよ。小森さんこそ、予定より早かったね」

「近くの喫煙所でタバコ吸ってたから。喫茶店でも吸えるけど、先に喫煙所いく?」

「時間あるし、いくか」

「なら、こっち」

 東口を出て左側に進むと、大人数の喫煙者達が密集している場所へと入って行く。在過はクールと呼ばれる銘柄の煙草を取り出し、小森は愛用のマールと呼ばれる銘柄を口にくわえた。ライターで火をつけ、ゆっくりと肺まで煙を落としていく。

 在過もタバコを吸いながら周囲を見て思う。吸う人によっては、肺まで入れない人も存在しており、肺まで入れないならタバコを吸う意味がないと意見もあるらしいが、楽しみ方は人それぞれだろう。

 また、煙を吐き出す際に鼻から出すことで香りを楽しめると言う人もいれば、みっともない、恥ずかしいと感じてしまう方もいる。十人十色という言葉があるが、状況や相手によっては怖い言葉だと在過は思った。

「ふぅ……。先にお昼行くでしょ? 食べに行きたい場所とかある?」

「そうだなぁ。牛丼屋とかどう? 実は、一人だと牛丼屋行くの恥ずかしくてさ」

「そうなん? 牛丼屋でいいよ。この辺ならすぐにあるしね」

「うん。じゃぁ、牛丼屋行ってから喫茶店に行こう」

「ほい」

 喫煙後、二人は近場にある牛丼屋に入り昼食を終えた後に、本来の目的である喫茶店へと向かった。牛丼屋から喫茶店までの距離は近く、徒歩換算でも5分以内の場所にあった。

 店内には静かなBGMが流れており、時間の流れがゆったりしている感覚を感じていた。そんな感覚を小森も感じていたようで「のんびりしたお店だね」と漏らしている。

「お待たせしました。ご注文をお伺いいたします」

「そしたら……。この、本日のブレント珈琲で」

「はい。ホットとアイスがございますが、どちらにされますか?」

「ホットで」

「ホットですね」

「私も同じものでいいかな。おなじ、ホットでお願いします」

「はい、かしこまりました。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

「大丈夫です」

「お会計は別にされますか?」

「いや、一緒でいいですよ」

「そうしましたら、お会計が640円になります」

 在過は財布から千円札を取り出し、カウンター前に置かれているトレーに置く。

「えぇっと、320円ピッタリ持ってないから、500円でお釣りある?」

「ん? あぁ、ここは出すからいいよ」

「そんな悪いよ。新宿まで遠いのに来てもらってるし」

「まぁまぁ、恩返しだから」

「なんのだよ。でも、ありがとな。そしたら、近藤の珈琲も私が席に持って行くよ」

「そう? 悪いね。そしたら、場所どうするか」

「タバコ吸うなら、奥の場所しか使えないから、そこかな?」

「了解」

 注文した珈琲はまだ出来上がらず、在過は先に喫煙席ルームと書かれた奥へ向かった。中に入って左側の棚に、灰皿と水が入ったピッチャーにコップが並べられている。ふたつ灰皿を持つとテーブル席に座る。時間帯によるものかもしれないが、喫煙ルーム内の人は少なかった。在過と小森を含めても6人ほどだろう。

「おまたせ」

「ん。ありがと」

 小森が珈琲を載せて運んでくると、ひとつ在過の手前にカップを置く。ふんわりと香りが漂い、淹れたての珈琲だぞ、と湯気が主張していた。

「改めて、お疲れ様ぁ~。新宿まで来てくれて、ありがとな」

「あぁ、全然いいよ」

「店員に聞いたんだけど、おかわりするときカウンターに持ってくか、定期的に入れに回ってくるらしい」

「へぇ~。なら、待っててもいいな」

「だね」

 喫茶店でゆっくりと過ごし、他愛ない話で過ごしていく。しかし、在過はそんなゆったり出来る時間になると、思考を巡らせてしまっている。

 神鳴の件だけでなく、妹の病状や金銭面。在過が幼少期に借りた母親の借金返済などの重荷。数年、数十年経過しても逃げられない問題。

 これまでも辛ければ相談してくれていい、そう言う友人や恋人はいた。しかし、真剣に相談するほど相手が離れて行くことを知ってしまった。解決案を出してほしいわけではない、ただ聞いてもらうだけで、まだ頑張れると疲労が和らぐのだ。だが、経験したことがない者からすると、相談されることが重くなり解決案を出してあげられないと離れて行く。

 相談される側は、聞いてアドバイスは出来ても解決してあげることはできない。アドバイスを聞き入れ実行し、解決することは当事者しかできないからだ。相談している当事者もそれは理解しているだろう。在過もその一人だ。自分の人生であり、他人が解決するモノではない。ただ、目の前が真っ暗になり、立ち止まってしまった時に、聞いてくれる人がいるだけで救われるのだろ。

 ――聞いてくれる人が、いなかったら? いなくなってしまったら?

「おいっ、おーい近藤」

「ん? どした」

「どした? じゃねーよ、ぼーっとして」

「あぁ、わりぃ。いやね、静かで、落ち着くなぁって」

「はぁ……。別に隠すことないだろ? なにかあれば、何でも言えって親友だろ?」

 吸いかけの煙草を灰皿に入れた小森は、真剣な瞳で在過に言う。

「私なんかじゃ力になれないけどさ、悩んでるなら吐き出しちまえ。私だって、聞いてほしい悩み沢山あるから。お互いの悩み交換ってことで」

「あはは、なんだよそれ」

「まぁ、なんだ。ある程度はメッセージで知っているけど、その件?」

「だね。あれからも色々あってねぇ。自然消滅みたいになるのかな」

「個人的な解釈でしか言えないけど、それでも良ければ話せ」

「ありがとう」
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