僕と彼女とレンタル家族
第48話 「家族会議7 洗脳」
「言葉では何とでも言える。現に、娘は泣かされて苦しめられている。何度でも言うが、別れなさい」

「嫌です。神鳴さん本人が別れを望むのであれば分かりますが、両親に言われて、はい別れますとは言えません。ですから……。神鳴の気持ちが知りたい」

 在過は真剣な表情で、泣きじゃくった神鳴に問う。
 母親に抱きしめられながら、涙を袖で拭い、真っ赤に充血した瞳で在過(とうか)を見る。

神鳴(かんな)は、在君のこと好き。でも、神鳴は悪くないのに、神鳴が悪いみたいに責めてくるのが怖いし嫌。パパもママも、友達もみんな神鳴は悪くないっていってるのに、在君だけが責めてくるもん」

「……」
 
 神鳴が勇気を出して漏らす言葉を聞いた在過は、これはもう仕方がない……と感じていた。どれだけ自分の言葉を伝えたところで、神鳴の届くことはないのかもしれないと。優先順位が両親の言葉で、その次に友人のアドバイス。そのあとに在過の言葉と思っていたが、ダイレクトメッセージなどの誹謗中傷とも言える攻撃から、SNS上の友人が在過より上位となっていた。

 つまり、在過の言葉は一番最後でしか届かないのである。

 わかっている。在過自身も気づかないだけで、無意識に同じ行動をしている

 それは。

 ――自分にとって都合のいい行動やアドバイスをくれる人が優先なのだろう。
 
 そしてまた、ある事を感じ取ってしまう。神鳴を妹に重ねていたのではなかった。行動や言動、金銭面の危機感など……怨んでこそいないが、ほぼすべて母親と重なって見えていた。

 自分の思い通りにならなければ泣き出し、お金がなければ利用し借りる。自分の要望や質問に答えても、こちらの質問や要望には応えない。男性が好きになる女性は、自分の母親に似ている人を選ぶと言う話がある。絶対にそんな人は選ばないと考えていた在過でも、現実を見れば結果は明らかだ。


 「責めているつもりはないんだけど。俺は馬鹿だから、なぜ俺だけダメなのか? それが聞きたいだけなんだよ。教えてもらえないと、改善する努力さえできない。どうして、神鳴は許されて俺は許してもらえないのか? その違いを教えてほしいだけなんだ」

 家族会議に発展するほどの問題なのか? と思っていた在過だが、結局のところ在過自身が聞きたい事は難しいことではなかったはずだ。

 勝手に連絡先を消されたことが発端で、女性の交友関係を全て消してほしいと言う話に切り替わる。なら、同じように神鳴も消せるよね?と発言してしまったことで事態は大きくなってしまった。自分はできないのに許され、交友関係を消した在過は許されないのか? その答えが知りたいだけ。

「何度も言ってるじゃん! 神鳴の友達は長い付き合いの人なの! それに、男の子と話も全然してないもん」

「それは聞いた。俺も同じって話をしたとおもうけど? 俺も友達付き合い長い人ばかりで、女性の人だってほとんど話をしてない」

「嘘嘘嘘! 通知見ると女の人ばかりだったもん」

「やり取りも見たんでしょ? 頻繁ってわけじゃないけど、よくやり取りする人は職場の人だって。学友の人もいるけど、めったなことないと連絡しないし」

「話してるじゃん! 全部全部嫌なの! 職場の人とか関係ない神鳴がいるのに、なんで女の人と話するの?」

「……言い方悪いけど、そんなこと言うなら家に俺がいるのに、別の男性の通話しながらゲームで遊ぶのはいいの? それがいいら、俺が別の女性と話してても一緒でしょ」

「そんなの誘われたら断れないじゃん! 別にリアルで会ってるわけじゃないし、ゲームの中だもん」

「いや、俺もリアルに会ってないし電話で話してるだけなんだけど」

 お互いがヒートアップして口調が荒くなっていく。聞きたい答えは一つだけだったのだが、話をするほど……なぜ?と言う疑問が増えていく。何を言っても無駄なのかもしれないと感じているのに、在過も反論してしまうことで小さな出来事が大きくなっていく。

「はぁ……。神鳴も、こんな理解してくれない人と距離置きなさい」

「そうだな、このまま話しても意味がなさそうだ。君は自分のことばかりで、娘を見ていない」

 お互いが言い合いになっているからなのか、それとも分が悪いとでも思ったのか。神鳴の両親が息を合わせたように割り込み、神鳴と在過の話を中断させる。

「まだ付き合って数ヶ月なのに家に帰ってこなくて監禁するし。神鳴が帰ってこないって、どれだけおじいちゃんも心配して苦しんでたか分からないでしょ?」

「監禁って。それもお伝えしましたけど、俺は帰らなくて大丈夫なのか?と何度も聞いたんですよ。ただ、その度に怒って泣き出してしまうので、言うのをやめたんです」

「君の信念は間違っているとしか言えないが、それを正してくれるまともな親がいなかったことは不憫に思うよ。私は、本来なら二人で解決するべきだと思っている」


「……。そうですね、俺も同意見です。子供の喧嘩に親が出てくることに、俺は吐き気がします」

 在過の発言に、眉間にシワを寄せまぶたがぴくっと反応していた。相手がイラついていると感じている在過だが、こちらに非がないと思いっている在過は強気の態度を変えない。

「だが、二人で解決できないから、こうして私達が間に入らないといけなくなってしまった。私はね、二度と君に会わせないようにもできるんだ。明日までに、君と二度と会わないと言う洗脳することだって簡単にできるんだよ。本当はそんな事したくはないんだがね、これも娘の為なんだ。わかるだろ?」

「は?」

 実の父親である大迦(おおか)の言った言葉に、在過は隠しきれない動揺が言葉として漏れる。いま、コイツはなんて言った? 自分の子供だろ? 自分の娘で隣に本人がいるのに、洗脳ができるって言ったのか?

 数秒、数分と沈黙のなか、在過は視線を篠崎家族を一人一人表情をみていく。誰一人と、父親が娘を洗脳することができると言った発言が普通だとでもいうように、平然とした空気が流れている。

 神鳴も父親が洗脳できると聞いているはずなのだが、ポタポタと涙をこぼしながら在過を睨みつけている。どうして私の事を理解してくれないのか。どうしてみんな在過の言っていることは間違っていると言っているのに、なぜ本人は否定するのか。「神鳴は悪くないもん」と言う言葉を母親に言い続けている神鳴には、父親の洗脳できると言う言葉は聞こえていなかったのかもしれない。

 いや、聞こえていなかったと言うよりは、聞こえないタイミングを合わせていたのではないか。よく思い返してみれば、大迦は話をしているときも、在過が話をしているときも何度も娘を見ていた。

 すべて計算したうえでの行動と発言だとするならば、この大迦と言う神鳴の父親は……。

「娘と距離をあけなさい。君の為でもあるんだよ」

「いや、実の娘に洗脳できるって頭おかしいでしょ。大変失礼かもしれませんが、そんな発言する親の側に好きな人を渡したくありません。俺は彼女を連れて帰ります」
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