紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
――深夜一時過ぎ、物音がして目が覚めた。
玄関のドアに鍵をさし、がちゃりと開く音がした。誰かが廊下を歩く気配がする。
「薫さん……?」
怖々と声をかけると寝室に続く襖が開いた。
「紫さん、起きていたんですか?」
ようやく薫さんの顔を見ることができて、心底ほっとしたら、途端に怒りがわいてきた。わたしはベッドに置いてあったクッションを投げつけた。
「酷い! こんな時間まで一人にするなんて!」
「……すみませんでした」
「どうして電話にも出てくれないんですか!」
「それが、途中で充電が切れてしまって……」
それはいつもスマートな彼らしくないミスだった。
「こんな遅くまで何をしていたんですか?」
「十和子の恋人が東京に着くのを待っていたんです」
「十和子さんの? ……だけど、恋人はいなくなったってたしか……」
「それは十和子の勘違いだったんです。十和子の恋人は、十和子に子供ができたと知ってすぐに自分の両親に結婚したい女性がいると許可を取りに行ってたんです。ずいぶん厳格な家らしくて説得に時間がかかったそうです。最後は家を捨てる覚悟を見せると、ようやく両親も折れたそうです」
「……そうだったんですか」
「自分は捨てられたと勘違いした十和子は、恋人からの電話もメールも着信拒否していたので、連絡が取れなかったそうです」
「じゃあ、薫さんはどうしてその彼と連絡を取ることができたんですか?」
「SNSです。十和子から聞き出した情報を基にして、出身地と名前、そして過去の投稿に十和子の顔が写っている写真もあったので、確信しました。恋人に十和子は日本にいて、入院していると知らせると、すぐに日本に来ると言ってくれたんです。ぼくはその恋人を十和子に会わせるまではどうしても来れなかったんです」
胸がじんと熱くなる。
「十和子さん、喜んでたんじゃないんですか?」
「泣いていました。――彼が結婚しようと言ってくれたので」
「そうですか、よかった」
わたしは安堵し胸をなでおろした。
そこで薫さんの肩が濡れていることに気づいた。
「雨が降ってたんですか?」
「……傘を買いそびれてしまって……」
これもまた薫さんらしくないミスだ。どうやら彼なりに焦っていたようだ。
「風邪を引いちゃいますよ」