紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
「ご飯の時間までまだあるので、外を少し歩きませんか?」
「身体、大丈夫なんですか?」
「ぼくは熱を出したら、だいたい半日で下がりますから、ちょっとくらいなら大丈夫です」
心配だったけど、薫さんが大丈夫と言い張るので、着替えを済ませて外に出た。薫さんは渡月橋ま
で来るとわたしの手を繋いで、ゆっくりと橋を渡った。紅葉した木々が遠くに見える。そこで、記念に二人で写真を撮ることにした。近くにいた観光客に頼んでスマートフォンを渡して撮影してもらった。
「……紅葉、きれいですね。でも、今度は春に来たいです。桜を見に」
「それもいいですね。でもぼくは本当はあなたをロンドンに連れて行きたかったんです」
「どうしてロンドンなんですか?」
「ぼくは十四歳までロンドンで暮らしていたんです。それにロンドンには室善と取引のある皮製品店があるんです。そこをあなたに見せたいんです」
「ロンドンかあ。素敵ですね。行ってみたいです」
「今度はぜひ行きましょう」
「はい」
そこでわたしは思っていたことを聞いた。
「薫さんってどうしていつも敬語なんですか?」
薫さんが口を抑えて考え込む。やがて少し困ったように言った。
「それは、なんと言ったらいいか。……つまり自分の気持ちをセーブするためでもあるんです。紫さんを好きになってわかったんですけど、ぼくって思ったより独占欲が強いみたいで」
「え、そうなんですか?」
「でも、初めは自分の本性を隠す意味もあったんです。――昔からぼくは人に対して冷たいと言われてきたので」
わたしは驚いた。薫さんはいつも礼儀正しくて、裏がありそうな笑顔を浮かべていたけれど冷たいなんて思ったことは一度もないし、今では優しくて穏やかな人だとわかっている。
「自分ではそういうつもりはなかったのに、冷たいって言われてショックでした。だから、丁寧なしゃべり方に変えてみたんです。でも紫さんだけは、ぼくの顔を見るといつも腰が引けていて、自分の本性を見透かされている心地がしました。それがあなたに興味を持ったきっかけです」
「……へえ」
わたしはどぎまぎした。まさか薫さんに対して警戒心を抱いていたことが、逆に興味を持たれる結果になっていたとは思いもよらなかった。
「紫さんは?」
「は?」
「ぼくを好きになってくれたきっかけ、何かあったんですか?」
「そ、それは一緒に暮らすうちになんとなく……です」
「そうですか」
薫さんは急にわたしの耳元に唇を寄せた。
「……てっきり初めてキスしたときに意識してくれたのだと思ってましたけど?」
熱い吐息が耳にかかる。わたしの顔がかあっと赤くなる。やっぱり確信犯だったのだと思った。
「もうっ!」
わたしが怒鳴ると薫さんは本当に愉快そうに笑っていた。一緒に暮らすようになって見慣れた嘘くささのない自然な笑顔だった。また新しい一面を見て好きになってしまう自分の単純さに呆れた。