紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
「本当にすみません」
わたしは薫さんに頭を下げた。今日は十二月三十日だった。ヴォーグは三十一日まで営業が続くけれど、わたしは三十日から休みを取って静岡に帰ってきていた。お父さんが風呂場で転倒して骨折して入院したと聞かされたので、里帰り兼お見舞いに行くためだった。病院に着くと、お父さんは病室で本を読んでいた。足にはギプスが巻かれている。
「もうお父さんったら、何やってるの?」
「面目ない」
「今度から気をつけてよね」
「……すまん」
さすがのお父さんも落ち込んでいる。
「お義父さんが好きそうな本を買ってきたので、ぜひ、読んでください」
「おお、薫くん、すまんなぁ」
お父さんは嬉しそうに本屋のロゴの入った紙袋を受け取った。なんでもお父さんと薫さんはLINEで繋がっていて、互いの本の趣味まで知っているという。
「ところで薫くんはいつまでこっちにいるんだね? 会社はいいのかい?」
「一月二日までいるつもりです。仕事は三日からなので」
「だがそれじゃあ、向こうのお父さんが気分を害されるんじゃないのかね?」
「それが、年末から、夫婦で船旅に出ていて、八日まで帰ってこないんです」
響子さんは啓一さんの不倫騒動のときの宣言通り夫を言いなりにさせて楽しんでいると、薫さんから聞いていた。そして、うちのお母さんが一人で寂しい思いをしないようにわたしの実家で年末年始を過ごすことを提案してくれたのだ。
「あら、お帰りなさい。お父さん、どうだった?」
お母さんは今日はお父さんのお見舞いではなく、家の大掃除に忙しくしていた。お見舞いに行って
も、お父さんに邪険にされると腹を立てていた。とりあえず前の手術のときのように取り乱す様子はないのでほっとした。
「ぼくも掃除、手伝いますよ」
「あらいいのよ。薫さんはゆっくりしていてちょうだい。ほら、紫は手伝って」
「はーい」
お母さんがキッチンを片付け、わたしが押入れを整理している間、薫さんは窓を拭いてくれた。押し入れはかび臭いにおいが立ちこめていた。埃を手で払いながらファンシーケースを開けると、そこにはアルバムがたくさん入っていた。古いアルバムを引き出すと、『紫一歳』とマジックペンで書かれていた。最初のページを開けると、生まれたばかりのわたしがお母さんの腕に抱かれて眠っていた。次は亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんに囲まれている赤ん坊のわたしがいた。すごく懐かしい。次々にページをめくっているとピアノの発表会でピアノを弾くわたしの姿が写っていた。このとき弾いていたのは何の曲だったのか幼すぎて思い出せない。それからの写真のほとんどはピアノを弾くわたしの姿で埋め尽くされていた。
「可愛いですね」
窓を拭いていた薫さんが、いつの間にかわたしの手もとにあるアルバムを覗き込んでいた。