紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
 三日後の夕方、緑川さんは予告通りにヴォーグに現れた。いつものスーツ姿ではなく、ジャケットとスラックスを身に着けていた。手には小さな荷物を持っている。小ぶりな紙袋のロゴを見ると、女性たちの間で人気のあるチョコレート菓子だったので、ピンときた。おそらく緑川さんは今からこの間相談された意中の女性と会うのだろう。だから爪を整えにきたのだ。なんだか彼の弱みを握ったようで、内心、ほくそ笑んでいた。

 緑川さんはハンドケアのみの希望だったので、さっそく個室に案内すると、施術を始めた。最初にマッサージをすると緑川さんの手の大きさを感じた。ヴォーグのお客様の九割以上が女性だから余計にそう思った。


「樫間さんの手って小さいんですね」


 わたしと似たようなことを緑川さんが言った。


「これでも一応女ですから」


 緑川さんが苦笑する。


「それはわかっています」


 まずは爪の長さを整える。そして甘皮の処理を始めた。まずキューティクルクリームを爪に塗り、お湯に浸して十分ほどふやかす。次に甘皮をプッシャーという器具で押し上げる。プッシャーが皮膚に触れないように丁寧にするのがコツだ。あとはガーゼでキューティクル周りを丁寧に拭き、ニッパーで爪周りを整える。最後に保湿のためにキューティクルオイルを塗って爪に馴染ませれば完成だ。けれど、最初から緑川さんの手はケアなど必要ないほど手入れが行き届いていた。


「これで終わりです。お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


 わたしが深々と頭を下げて目線を戻すと、目の前のテーブルに緑川さんが持ってきたチョコレート店の紙袋が置かれた。わたしが不思議そうに目を瞬くと、緑川さんは笑いながら言った。
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