紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
「ネイルサロンってもっと敷居が高いと思ってました。ほら、デパートの化粧品売り場にいる美意識の高そうな人みたいに。でも樫間(かしま)さんみたいにほっとする人もいるんですね」


 お客様がにこにこしながらわたしに言った。

 たしかにわたしはぱっと華のある容姿ではないし、どこをとっても平凡だ。この仕事に就く前は、ネイルサロンなんて興味もなかった。金持ちの道楽、そんな風に考えていた。

 わたしが勤めるネイルサロン「ヴォーグ」の一番の稼ぎ頭はスタイルのいい美人の店長だ。そして、二番目の稼ぎ頭はありがたいことにわたしだった。


「樫間さん、聞いてくださいよ。今日、婚活で会った人、最悪だったんですよ~!」


 わたしは奥の個室で話に耳を傾けながら、常連の須藤(すどう)さま爪に下処理を施して浮き上がったジェルネイルを、ウッドスティックで剥がしていく。


「ランチしようっていうからどこに連れていかれるのかと思ったら、ファミレスだったんですよ。しかも、ぼくがおごるから好きなものを食べてって言うんです。ファミレスでデートなんて最悪ですよね。どんだけ、お金出したくないんだって感じ」


 須藤さまは婚活に失敗するたびに、こびりついた垢を削ぐように、ネイルをオフしにやってくる。
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