紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
「お父様の会社を継がれるのが嫌なんですか?」
「嫌というわけではないです。幼いころから、いずれは父の会社に入ることは決まっていました。その生き方に疑問はありません。でも、あなたのように自由に生きられたらと思うことはあります」
わたしは首を振った。
「わたし、そんなんじゃありません。……わたし大学は音大だったんです。ピアノを弾くのが大好きでした。でも、いざ卒業を目の前にすると、たいていの人は音楽だけで生きていけないって現実を思い知らされるんです。それでも一度、ピアノ教室に就職したんですけど、経営難で会社が倒産してしまって。そのときに、手に職をつけないと将来困ると思って、ネイリストの道を選んだんです」
「絵を描くこともお好きだったんですか?」
「というより、昔から、指を動かしていると落ち着くんです。だからネイリストになって、細かい作業とかするのがすごく性に合ってたんです。音楽では生きられなかったけど、今はそれなりに満足していますし、何も言わずに音大にいれてくれた両親にも感謝しています」
「素敵なご両親ですね」
「はい」
「ぼくの将来は決められていますが、ひとつだけ父と約束していることがあるんです」
切実な眼差しを向けられ、わたしはどきりとした。
「……訊いてもいいんですか?」
「むしろ聞いてほしくてこの話を持ち出しました」
緑川さんは一度言葉を区切ってからこう言った。