紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
 心底驚いた。どうやらわたしの行動は彼のプライドを傷つけてしまったようだ。たしかに緑川さんの言う通り、わたしは彼のことを何もわかっていなかった。


「結婚すると言ってくれれば解放しますよ」


 もう一度唇が近づいてきたので、わたしは叫んだ。


「わかりました! 緑川さんと結婚します。だから放してください!」

「合格です」


 緑川さんはにこりと嬉しそうに笑った。

 車のロックが外れる音がした。

 急いで車から降り、鍵を開けてアパートに戻るとわたしは口を抑えて玄関にしゃがみ込んだ。そしてこんなこと絶対に誰にも言えないと思った。

 ――緑川さんとのキスが思いのほか気持ちよかっただなんて。

 驚きよりもキスをされた瞬間の心地よさのほうが圧倒的に大きかった。ただ、完全に緑川さんのペースに乗せられているなとは思った。

 その一方で、冷静な頭で考えていた。

 今から結婚前提の相手を見つけようとしても、短期間では難しいだろう。焦ってさっきみたいに変な男を捕まえたら、目も当てられない。その点緑川さんなら、テナントが隣り合っているだけの関係だが、四年の付き合いだ。基本、信頼できる人であることは知っている。今日の出来事でその信頼は若干揺らいでいたが、合コンで出会った男よりははるかにましだった。

 それに、この間の様子を見る限り、お母さんも緑川さんのことを気に入っていた。お父さんも千海ホールディングスの御曹司と聞けば驚くだろうが、万年筆を紹介してくれ人だと教えれば、きっと緑川さんのことを気に入るだろう。なにより、今、誰かにそばにいて欲しいとわたし自身が願っていた。





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