紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
なのでここは正直になることにした。
「……嫌じゃないです」
わたしが潤んだ瞳で見上げると緑川さんは神妙な顔になる。
「樫間さん、ちょっと手を出してもらえませんか?」
わたしは両手を背中に隠した。
「もうその手には乗りませんからね」
「今度は悪いことはしませんから。仕事中に変な真似をするわけがないでしょう? 早くしないとお客様が来るかもしれませんよ」
ちらりと周囲を見回すとまばらにお客様の姿があった。
わたしは恐る恐る右手を差し出した。
「そっちではなく反対側をお願いします」
言われた通りに左手を差し出すと、緑川さんがうやうやしく手を取り、指に何かを通した。緑川さんが手を離すと、左手の薬指に大粒のダイヤが輝く白銀の指輪がはめられていた。
「ちょっと、なんですか、これ!」
「ハリーウィンストンで買いました。――婚約指輪ですよ」
わたしは急いで指輪を外そうとしたけれど、びくとも動かなかった。
「何をするんですか⁉ 何もしないって言ったじゃないですか!」
「悪いことはしていません。婚約者に指輪を贈ることの何が悪いんですか?」
「そういう問題じゃなくて……くっ! 抜けない!」
「サイズが少し小さかったようですね。今度、サイズ直しに行ってきますから、それまで預かっておいてくださいね」
「冗談じゃありませんよ。仕事中にこんなのつけてたら邪魔になります!」
しかし、緑川さんはどこ吹く風だった。
店内にだんだんお客様が増えて、会話どころではなくなった。店長と小沢さんが来る前に指輪を外したかったけど、できそうもなかった。
「あと、これ、ぼくの連絡先です。もし何かあったら今度からここに連絡をしてください。では、昼休みにまた迎えに行きますね」
そう言って、彼は仕事に戻っていった。
わたしは指輪を抜くのを諦めて、緑川さんが置いていった紙を手にした。
それにしても、連絡先を聞く前に結婚が決まるなんて、いまどきおかしな話だと思った。