紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
全国に三十六店舗を展開する室善の中でもクリスタルロード川崎店だけは祖母の特別だった。祖父が亡くなるまで、ずっと祖母はこの店で働いていたからだ。室善はもともと高価な皮製品ばかり取り扱っていたが、多くの人に親しんでほしいという祖父の願いから川崎店だけは、比較的安価な商品が置かれるようになった。祖父の亡きあと、祖母は海外を旅してまわり、川崎店に置く品を仕入れてくるようになった。
完全な道楽だったが、薫は楽しんでいた。いつの間にか室善で働くことが好きになっていた。価格設定は薫に任されていたので、モンブランの万年筆も安価で紫に売ることができた。それより少し前から、父は自分の下で働くように薫に言ってきた。仕方のないことだとわかっているが、真っ先に薫が考えたのは、紫と離れてしまうことだった。心がざわついた。急に彼女が欲しくなった。今まで感じたことのない衝動がわきあがった。だから窮地に立った彼女に結婚話を切り出した。父は家族に対する負い目から、薫に結婚する相手は自分で決めていいと言っていた。
これを知った母が父に対抗して見合い話をもちかけるようになって煩わしかったのは本当だ。だがそれだけではなく、自分はただ単純に彼女を手にいれたかったのだ。薫は彼女の関心を自分にむけさせるために、いろいろな手段を使った。それでも応えてくれない紫の態度にイラついて強引にキスをしたとき、ふいに気がついた。なぜ自分が今まで冷たいと言われてきたのかを。
――ただ単にこれまで付き合った彼女に一切興味がなかっただけだったことを知った。