紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
「樫間さん、ネイルオフしに来ました」
夕方、久しぶりに須藤さまがやってきた。
須藤さまはどこか疲れた顔をしていた。
ネイルをオフしにきたということは、おそらくまたお見合いに失敗したのだろうが、そんなこと訊けるはずもない。いつものように施術していると須藤さまが言った。
「聞いてください、樫間さん。今回の相手、最悪だったんですよ~。君みたいに無駄におしゃれに金を使う女は御免だって言われたんです! ネイルのどこが贅沢なんですか?」
たしかにヴォーグの施術料は、都心よりはるかに安価だ。お財布に優しくて、腕も確かなのでネットの評判を聞いた人が東京から訪れることも少なくない。それでもネイルの施術料は決して安いものではなかった。
「ランチに誘われたからついて行ったら、回転寿司に連れていかれるし~!」
愚痴の内容は前と一緒だった。
「わたしだって普段なら、友達と回転寿司に行きますよ。回転寿司大好きですよ? でももっと雰囲気とか大切にしてほしいんです。婚活ってこうやって値踏みされるみたいなのが嫌なんです。爪のおしゃれも気合を入れるためにしているだけなのに!」
須藤さまはアームレストに突っ伏して泣き始めた。
「きっとまたいい人が現れますよ」
「……なんか自信なくなってきた……」
ため息をついた須藤さまがふいにわたしの指先に視線を移した。
「え、樫間さん、それって婚約指輪……?」
最悪のタイミングだと思った。
左手の薬指にはまった婚約指輪が疎ましくなる。
須藤さまは興味津々に訊いてくる。
「やだ、誰もいい人、いないって言ってたくせに、ちゃっかり婚約までしちゃって」
「ちょっといろいろありまして、親を安心させてあげようと思って……」
「そうなんだ。ね、ね、どんな人なんですか? 年齢は?」
そういえば緑川さんの歳なんて聞いたこともなかった。
「……三十歳くらいでしょうか」
「三十かあ。わたしもそのあたりを狙えば、結婚できるかな。でも三十歳っておじさっ……!」
そこで須藤さまは失言に気づき、はっと口元を押さえた。
「三十なら経済力もあっていいですよね」
「そうかもしれませんね」
わたしは聞こえなかったフリをしながら答えた。
小沢さんも三十代はおじさんと言ってたから、須藤さまにとっても対象外になるのはしかたない。
「ありがとうございました。また来ますね」
施術を終えると、須藤さまはさっぱりした顔で帰っていった。