紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
佐原はビールを飲みながら言った。
「中学二年生のとき、合唱コンクールでお前、ピアノ弾いてたじゃん」
「……そういえばそんなことあったね」
「それで俺が指揮で、よく二人で練習したこと覚えてる?」
「さあね」
嘘だった。言われて記憶の片隅に眠っていた思い出が蘇っていた。
「俺がお前を好きになったきっかけ、それだったんだ。ピアノを弾いているお前がかっこよかったから惚れたんだ」
「え?」
「そんなお前のことが今も忘れられない」
思いがけない発言に、わたしは動揺した。そのころ、ピアノはわたしにとってすべてだった。それを覚えていると言われ、かつてピアノに注いだ情熱が戻ってくる。
まるで弱点を突くように、佐原がわたしの髪に触れた。
「髪、伸びたな」
「……触らないで」
「お前、本当にきれいになったよ」
「触らないで!」
わたしは佐原の手をはねのけると、荷物を持って立ち上がった。事前に会費は払ってあったので、そのまま外に出る。幸い、佐原はこれ以上追いかけてこなかった。
最悪な夜になったと思った。
*****
思いのほか早くに帰ってきたわたしを迎えたお母さんは、「早かったわね」と言いながらお茶漬けを用意してくれた。その夜のお茶漬けは身に沁みるほど美味しかった。すぐにお父さんも帰ってきたので、わたしは晩酌に付き合った。もちろんお父さんは術後なので軽くしか飲めない。
そしてほろ酔いのまま、お風呂に入って、ベッドに寝転んだ。
薫さんから「おやすみなさい」とラインが入っていたので、すぐに「おやすみなさい」と返した。
いろいろありすぎて疲れたのか、わたしは目を閉じると、すぐに夢の世界に旅立った。