紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
やがて疲れた顔で響子さんは頷いた。
「……わかりました。慧くん、だったかしら? あなたが大学を卒業するまで援助しましょう」
啓一さんがぱっと顔をあげた。
「ありがとう、響子。戻ってきてくれるのか⁉」
「……いいえ、あなたは帰ってちょうだい。今夜だけは一人にしてほしいの。――ただし、明日からはきちんと誠意を見せてもらいますからね」
啓一さんはぐっと言葉を詰まらせていたが、深々と頭を下げて「響子を頼む」とわたしに言うと、慧くんを連れてマンションから出ていった。
響子さんは深々とため息をついた。
「ねえ紫さん、あなたさっきの話、どこまで信ぴょう性があると思う?」
「え?」
「あの慧くんが本当に自分の子供じゃないなら、あそこまで必死になるかしら?」
「さ、さあ、……それはわたしにはわかりません」
「少なくともわたしの知るあの人は他人のためにあそこまで必死になれる人じゃないわ。当時の浮気
の証拠はわたしの手元に残っているし、どこまで信じていいやら」
たしかにさっきの台詞は芝居がかっていたと思う。けれど、嘘か真実か判断する術はわたしにはなかった。
「……じゃあ、どうして援助するなんて言ったんですか? 血縁関係があるかなんて今なら調べればわかりますよね?」
「まあ、一応、夫婦というか、情かしらね。必死に頭を下げるあの人が気の毒に思えてきたの。ただ、それだけ」
辛辣な言い方をしながらも、響子さんはさっぱりした顔をしていた。
「これをネタにしばらく言うことを聞いてくれるみたいだし、せいぜい我儘を言わせてもらうわ」
そう言って、響子さんは満足そうに笑った。夫婦の形は様々だとわたしは思った。
******
「そんなことがあったんですか」
翌日、香港から帰国して無事に家に帰ってきた薫さんが驚いた様子を見せた。
「大変な思いをさせてしまって申し訳ありません」
「それは別にいいんです。おかげでお母様と少しは仲良くなれましたし」
「紫さんはポジティブですね」
わたしは笑った。
「それもそうですね」
響子さんは朝起きると荷物とともに消えていた。家に戻ったと薫さんから聞いた。
修羅場を覚悟して仕事を早めにきりあげて帰ってきた薫さんは拍子抜けしていた。
わたしは訊いていいか迷いながら言った。
「……薫さんは、お母さんを恨んでるんですか?」
「……そういう時期もあったかもしれませんが、もう終わったことですから」
薫さんは苦笑しながらそう静かに言った。
ああ、これがわたしの知っている薫さんだと思った。
――その顔をとても愛しく感じた。