紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
「紫、その人誰?」
追いかけてきたナツと涼葉が端麗な容姿の薫さんに見惚れている。
「初めまして、紫の夫の緑川薫です」
「え! 紫結婚してたの?」
「何あのすごいイケメン!」
二人が悲鳴を上げている間に、わたしは薫さんの手を引っ張られ、人気のない路地に連れ込まれた。鋭い視線がわたしを射る
「今の男は誰ですか?」
薫さんの声は怒りを帯びていた。
「……ただの中学時代の同級生です」
「ただの同級生が、あなたの名前を呼び捨てにしたりキスしたりするんですか?」
まさか一番見られたくない相手に見られていたなんて、思いもよらなかった。わたしは視線を伏せ
ながら言った。
「……中学時代に付き合っていた相手です」
そしてファーストキスの相手だ。あのとき、あんな浮気男に純な好意を寄せていた自分が死ぬほど恥ずかしい。
わたしは今さらのように佐原が触れた唇を汚らわしく思って、ごしごしと手で拭った。
「……最悪」
悔しくて涙目になると、薫さんがわたしの頬に触れてくる。
「そんなにこすったら、唇に傷がつきますよ」
それでも執拗に唇を拭うわたしを見て、薫さんはわたしの頤を乱暴に掴み、荒っぽいキスをした。キスに怒気が含まれている。いつものように平静を装っているのに、薫さんの唇だけは正直だった。彼は怒っていた。どうして? という疑問がわいた。そこで我に返った薫は、急いで顔を離した。
「すみません。つい……」
わたしはむっとした。
「ついって何ですか? いきなりキスしておいて酷いじゃないですか!」
わたしはいっぱいいっぱいになって半泣きになりながら叫んだ。
薫さんが視線を逸らし、目を伏せて言った。
「……あなたがぼく以外の誰かとそういうことをしているのを見るのが嫌だったんです」
「嘘! わたしこと、便宜上の妻だとしか思ってないくせに! お見合いを避けるための結婚だって言ってたじゃないですか!」
薫さんが視線を下げた。
「……そう言ったのは、そうでもしないとあなたと結婚できないと思ったからです。あのとき紫さん
がぼくのことを好きでもなんでもないと思っていることはわかっていましたから」
わたしはむくれながら訊いた。
「それって、どう受け取ったらいいんですか?」
薫さんは大きくため息をつくと瞳を切なげに細めて真剣な顔で言った。
「——ぼくはあなたのことが好きなんです。だから一緒にいたくて結婚したんです」
心が歓喜に震えた。
「本当に……?」
「本当です」
薫さんの真摯な瞳に嘘はいっさい感じられなくて、胸がいっぱいになる。
嬉しくて、わたしの瞳からまた涙が溢れた。
「わたしも、薫さんのことが大好きです」
薫さんは信じられないものでも見るように、わたしを凝視すると、瞳の涙を拭って、もう一度キスをした。触れ合うだけの優しいキスだったが不思議と気持ちは満たされていた。
次の日、涼葉たちに問い詰められたのは言うまでもない。