紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
十和子
「え、パーティ?」
朝食の席で言われ、わたしは目を丸くした。今日の朝食はプレーンオムレツとトーストとサラダだった。どれも美味しかったけれど、話を聞いてわたしの手が止まった。
「今度千海ホールディングス主催のパーティ―があるんです」
「それにわたしも出ろってことですか?」
「……はい。お願いできませんか?」
予期していなかった申し出にわたしは戸惑った。今までパーティーと名のつくものに出席したことがないからだ。
難しい顔をするわたしに、薫さんが苦笑する。
「無理にとはいいません。ただこういうパーティーには夫婦同伴で行く人がほとんどなんです」
「わかりました。行きます」
わたしは、迷ったけど、行く決心をした。
いつもよくしてもらっているのだから、こういうときくらい、役に立ちた
かった。出勤しようとした薫さんは、思い出したように言った。
「それから十一月の十五日から三日間、空けてもらえませんか?」
「どうしてですか?」
「新婚旅行に行っていませんでしたし、一緒に旅行にでも行きませんか?」
わたしはそれが何を意味するかを悟り、頬が熱くなる。
お互いの気持ちを確認しあったものの、わたしたちは未だに夜は別々に寝ていた。お互いに言い出すタイミングをすっかり逃してしまっていた。
今は繁忙期ではないので、事前に申請すれば三日間くらい休めるだろう。
「わかりました。わたしも旅行に行きたいです……」
そう言うと、優しく口づけられた。
甘い、幸せの味がした。
******
その日はお昼からの出勤だった。
いつものように更衣室で制服に着替えてヴォーグに急ぐと、レジにいた店長が声をかけてきた。
「樫間さんおはよう」
「おはようございます」
「今日は予約が四件入ってるわ。頑張ってね」
「はい」
わたしは元気に返事をすると、施術のための道具類の手入れを始めた。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
ふいに人の気配を感じて顔を上げると着物をきた老齢の夫人が室善の前に立っていた。ぴんと背筋の伸びた白百合のような女性だった。
「初めまして。あなたが紫さん?」
「あ、はい。……すみません、どちらさまでしょうか?」
夫人はくすっと笑った。不思議と誰かに似ていると思った。
「室善クリスタルロード川崎店、店長の緑川祥子です」
「え! もしかして薫さんのおばあ様ですか?」
「ええ。今日は久しぶりに日本に帰ってきたからお店に寄ったの。あなたのことは薫からよく聞かさ
れています」
恥ずかしさで顔が赤くなる。どうせろくな話じゃないだろうと思った。
「薫はいつも無口だけど、あなたのことを話すときだけは、とても楽しそうなの。だから、薫が選んだ人がどんな女性かひと目見たかったの。お会いできて嬉しいわ」
「こちらこそ、挨拶が遅れてすみません」
「いいのよ。わたしは海外にいることが多いから、薫ともなかなか会えないのよ」
そこへ背後から室善の店員が祥子さんを呼びにきた。
「店長、お電話が入っています」
祥子さんが申し訳なさそうな顔になる。
「また今度、ゆっくりと話しましょう」
そう言うと祥子さんは店の奥へと消えていった。
親しげで温かみのあるその背中を名残惜しい気持ちで見つめていると、予約のお客様がやってきたので、気持ちを入れ替えて施術に集中した。