紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
 
 
 本日三件目のお客様は、高藤さまという飛び込みで初見のお客様だった。


「どのデザインになさいますか?」


 見本の写真を並べたファイルを見せると、高藤さまはひとつのデザインを指さした。それは赤と濃い赤を組み合わせたグラデーションだった。

「これにするわ」

「かしこまりました」


 わたしはどぎまぎしながら施術を始めた。高藤さまがこの店にあまりに似つかわしくない恰好をしていたからだ。ワインレッドのスーツが似合う、高貴な雰囲気。顔も小顔で目鼻立ちはすっと整っている。年齢は恐らく二十代後半だろう。都心のネイルサロンがふさわしいような女性が来たことに驚きを隠せずにいた。爪先まで手入れが行き届いていたけど、マニキュアもネイルもしていなかった。

 なんとか平常心を保ちながら、施術を行った。下処理をして爪の表面を整え、ベースジェルを塗る。下準備を終えると細い筆で二色のジェルを重ねて塗り溶け込ませていく。LEDライトで硬化させてようやく終了したとき、ほっとした。


「いかがでしょうか?」

「ふ~ん、悪くないわね。今度、パーティーがあるからこの爪で行くわ」


 高藤さまがちらりとわたしを見た。


「あなたも行くんでしょう?」

「え?」

「おばさまに聞いてるわ。あなたが薫の奥さんだって」

「あ、じゃあ、高藤さまは薫さんの知り合いなんですか?」

「ただの知り合いじゃないわ。わたしと薫は、昔、婚約していたのよ」

「……え?」


 わたしが驚きに目を瞠ると、その情けない表情を見て満足したのか、高藤さまは支払いを済ませるとさっさと帰ってしまった。わたしは最初に記入してもらったお客様情報をもう一度見た。――高藤十和子とあった。







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