紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
それから薫さんは、次々と様々な人に引き留められ、挨拶をした。芸能人から政治家までたくさんの人がパーティーに参加していた。
「薫さん」
会場を歩いていた薫さんを引き留めたのは、祥子さんだった。着物姿が今日も決まっている。
「あまり紫さんに負担をかけてはいけませんよ」
「……わかっています」
そこで薫は苦笑した。
「二人はもう顔見知りなんですね」
「はい。この間、室善にいらしたときに、挨拶をしました」
「紫さん、無理をしなくていいのですよ。何かあったらわたしか薫さんを頼りなさい」
「あら、紫さん、わたしを頼ってはくれないのかしら?」
背中から声が聞こえてきて振り返ると、響子さんが立っていた。
「あら響子、来ていたのですか?」
「そりゃ薫の初舞台ですもの。母親として観に行きますよ」
そうだった。啓一さんが婿養子ということは、祥子さんと響子さんは実の親子なのだ。
「ねえ紫さん、この間、施術してもらったネイル、そろそろ変えてもらいたいんだけど、今度うちまで来てもらえないかしら?」
たちまち薫さんがいきりたつ。
「紫さんを都合よく扱わないでください。あなたの使用人ではないのですから」
「わたしは大丈夫ですよ、薫さん」
わたしは響子さんの方を向くと、笑顔で言った。
「平日になりますが、今度のお休みにでもおうちにお伺いしますね」
「ありがとう、紫さん。――どこかの朴念仁と違って話がわかること」
わたしが祥子さんや響子さんと楽しくおしゃべりしている姿に薫さんのほうが驚いていた。そのあと、二人は、他の来賓に挨拶をするために散っていった。
薫さんがわたしのためにソフトドリンクを取りに行ってくれた。
そのときだった。
「薫!」
パンツスーツ姿の一人の女性が、薫さんに向かって話しかけてくる。
「十和子?」
薫さんが目を見開く。
わたしは驚いていた。
薫さんが女性の名前を呼び捨てにするのを初めて聞いたからだ。
「薫、久しぶり!」
女性を見て驚いた。この間ヴォーグで施術した高藤さまだったからだ。爪の色もわたしが施術した赤のグラデーションのままだ。
「十和子、日本に戻ってきていたんですか?」
「ええ。二週間前にね。それにしても驚いたわ。薫が結婚したなんて初めて聞いたから。どうして式に呼んでくれなかったの?」
「身内だけのこじんまりとした式を挙げたかったんですよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、また今度二人だけで会いましょう」
十和子が去ると、わたしは薫の上着の裾を引いた。
「今の人、どういう関係なんですか?」
わたしは瞳に静かな怒りをたたえながら訊いた。