紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
響子さんはおかしそうに笑った。そしてため息をついた。
「……でも、今回は十和子も真剣みたい。夫の職場をいきなり訪ねて、三日前、薫の住所を聞いていったらしいわ。あんなに必死なの初めてだからあの人も驚いていたわ。何かたくらんでないといいけど」
わたしは思い切って聞いてみた。
「薫さんは、十和子さんのことどう思ってるんですか……?」
「少なくとも好意的ではないのは確かよ」
「……そうなんですか」
じゃあ、昨日見た光景はなんだったのかと聞きたくなる。よく思ってない女性を部屋へあげるだろうか。でもそうすると昨夜、暗がりから二人の様子を伺っていたことがバレてしまう。十和子さんが薫さんのマンションで我が物顔で振舞っている姿は容易に想像できた。わたしはもどかしい気持ちを振り払うように、施術に集中した。
LEDライトで硬化させると、無事に終了だ。
「あら、今回は華やかね。素敵」
響子さんは、カーキとグレイを基調とし、ゴールドグリッターを塗った爪を満足そうに見ている。響子さんが荷物から財布を取りだしたので、わたしは慌てた。
「お金をいただくわけには……」
義母からお金をいただけるわけがない。身内への施術は店長もお金は気にするなと言ってくれている。すると響子さんは言った。
「あなた、これを仕事としてお金をもらってるんでしょう? わたしはあなたの技術に見合う対価を払っているだから、身内だからって遠慮する必要はないわ」
響子さんに仕事を認められ、嫁としても認めてもらえたように思えて、嬉しかった。
「——ありがとうございます」
響子さんは颯爽と歩き去っていった。
仕事を上がる時間になると、わたしは憂鬱になった。今は夜の七時過ぎだ。あと二時間で約束の時間になる。一体、十和子さんは何を企んでいるのだろうか。仕事を終えると住所を地図アプリに入力して、指示に従って進んだ。やがて目の前に大きなホテルが見えてくる。
ホテルに入るとエレベーターに乗った。九階で降りると、926号室の前に立ち、インターホンを鳴らそうとして、鳴らすなと言われたことを思い出す。時刻はちょうど九時を迎えた。わたしはカードキーで部屋に入った。まず目の前に飛び込んできたのは、テーブルに乗ったワインボトルと、中身の残ったワイングラスだった。床を見ると割れたワイングラスが見えた。奥に入るとダブルベッドが視界に入る。そこでわたしは息を止めた。十和子さんがベッドに横たわり、そのすぐ横に薫さんがベッドサイドに座っているのが見えた。人の気配を感じて薫さんは顔をあげた。そして酷く驚いた顔になる。
「紫さん……? どうして……」
薫さんが立ち上がりかけたとき、わたしは瞳を見開いて後じさりした。信じられない光景を見て気が動転していた。
「薫さん、なんで……? どうして十和子さんと一緒なんですか?」
「話がるって呼び出されたんです」
薫さんが気まずそうに顔を伏せた。