紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています
「仕事が忙しいんじゃなかったんですか?」
「……それは……」
「薫さんの嘘つき!」
気が付くとわたしは外に向かって走り出していた。エレベーターの前まで来ると、タイミングのいいことに、くだりのエレベーターが開く。それに乗り込もうとしたとき、薫さんに腕を引かれた。
「紫さん、待ってください」
「放してください!」
「いいから、こっちに来てください」
わたしは薫さんに腕を引かれ再び926号室に戻った。ベッドサイドまで来て、驚いた。十和子さんが服を着たままベッドで眠っていたからだ。わたしはさっき薫さんを大声で罵ったのに、起きる気配がない。
「……どういうことですか?」
「薬のせいで眠っているんですよ」
「薬?」
「十和子がぼくに薬を盛ろうとしていたんです。でもぼくは十和子が何かを仕掛けてくることはわかっていたから、隙を見て、グラスを入れ替えたんです。そうしたら、案の状でした」
わたしは床に割れたグラスが散らばっているのを見て、納得した。おそらく十和子さんが眠気に襲われて落としたのだろう。薫さんがベッドサイドにいたのは、十和子さんを寝かせるためにベッドに運んだからに違いない。
薫さんはわたしを見た。
「紫さんはどうしてここに?」
「十和子さんに九時にここに来て欲しいって言われたんです」
薫さんはため息をついた。
「おそらく十和子は、ぼくと既成事実があったかのようにあなたに見せたかったのでしょうね」
わたしはあっけに取られた。
「……十和子さんはそこまでして薫さんを手にいれたかったんですね」
すると薫さんは頭を振った。
「それはちょっと違います。十和子はどうしても結婚したかったみたいです。その一番身近で都合のいい相手がぼくだっただけです。――どんな手段も辞さない様子だったから、焦りました」
「じゃあ、わたしと離れて暮らしたいっていうのは……」
「十和子からあなたを守りたかったんです。あなたを巻き込みたくなかったんですが……」
わたしはむくれた。
「それなら最初からそう言ってください。別れて暮らすようになってから連絡ひとつこなかったから、ずっと不安だったんですよ」
すると薫さんは悩ましげに言った。
「……ぼくもあなたからの連絡を待っていました。別れて暮らそうなんて言ったから嫌われたんじゃないかと思っていました……」
わたしはおかしくなった。お互いに同じことを考えて悩んでいたなんて馬鹿みたいだ。