宵闇の光
フィリカが願うまでもなく、アディが彼女を忘れることはあり得ない。思い出の品などなくとも。
初めて、本気で愛した女なのだから。
今でも不思議に思うが、あの夜フィリカから伝えられたものは肌の熱と、向けられる想いだけだった──あれほど我を忘れていた間、意識を現実に立ち返らせるような記憶は、何も視なかったのだ。
つまりは結果的に、衝動が能力の発動までも抑えていた、と言えるかも知れない。そう考える故に、彼女に対する想いへの確信は強まっている。
だがフィリカは、そうは思っていなかった。彼女自身が想うほどには、アディからは心を寄せられていないだろうと──万一同じ程度だったとしても今だけの感情かも知れない、だからこれ以上に望むべきではないのだと。
そう解釈するのも無理はない。相手の想いを正確に知っているアディでさえ、似たような不安は皆無ではないのだから。……だがそれでいて、彼女は自身の感情には疑いを持っていなかった。アディと同じように。
加えて、やはり今の環境から離れられないことも──仕事も、家族の墓も捨てることができないと考えていたであろうことも、理解している。こちらは半分は推測だが、まず間違いないと思う。フィリカが亡き家族との絆をどれほど大事に思っているのかは、繰り返し視ていたから。
元より、アディからは彼女に会いに行くつもりはない。フィリカがそう思い、決心したのならなおさらである。自分の感情については訂正したい気持ちがなくもなかったが、わざわざそんなことを告げたとしても、混乱させるだけだろう。彼女の想いを、勘違いの可能性があるとまで言ったのだから、こちらもそう判断されていて当然だった。
だから彼女が思うように、あの数日の思い出だけで充分だと、そう考えるべきなのだ。指輪を身に着けているのは、それを忘れないためでもあった。
そういった行為自体が、非常に意外であるのと同時に、ボロムやラグニードに不安にも思われている原因らしい。今までに経験がないことであるのは、アディ自身が一番よく認識していた。相手が誰であれ、その存在を懐かしむようなことはしなかったのだ──ほとんどは性分で、多少は意図的に。
そういうアディの性質を熟知している二人が、今の様子を意外に思うのは当然だった。……そして、それが相手に相当な執着を覚えている証であることも、推測されているに違いない。
だからこその彼らの危惧も、すでに察していた。一度愛着を感じた対象には思い入れが強くなりがちなのは、それなりに自覚しているからだ。
──自分の感情は、自分で抑制するしかない。彼女への想いが、他の誰に感じたものとも違うのを分かっているから、なおさら抑えなくてはいけない。