宵闇の光
「ただし一度だけ、ってことでな……難しい状況なのは向こうも分かってんだが、偉いさんが躍起になってるらしい」
末端ではあるが貴族階級である依頼人は、家同士の縁により王子派に属しているという。
国王の意が、本当はやはり王女に傾いているというのは、少しでも事情を知る者の間ではもはや常識だと聞く。病の床に伏してから、ユリス・ルー王子とは月に一・二度面会をする程度であるのに比べ、エイミア・ライ王女とのやり取りは、手紙とはいえ──そしてほとんどは国王側からの一方通行だともいうが──数日の間隔なのだそうだ。
だが正式な指名は、今もってどんな形でも為されていない。国王にも迷いが皆無ではないからこそ、指名に二の足を踏んでいるのだと思われる──それが王子派の拠り所だったのだ。
故に、彼らは王子への指名を得るべく様々な働きかけを試みていたが、目的が達成されないうちに国王は寝たきりになってしまった。近頃では誰との面会も連絡も許されない、絶対安静の状態だという。
もし、何らかの形で国王が王女への譲位手続きを密かに進めていたとしたら、それが明るみに出てからでは勝ち目はない。
そういう不利を承知だからこそ、力づくの手段を考えざるを得ない──他に思い及ばないということか。王女を神殿に一生閉じ込めることができないならいっそ、という論理なのだろう。
……どうしても、フィリカのことを案じないわけにはいかない。状況が状況だけに、貴族が幹部でもある国軍も一枚岩ではないのが現実だろう。彼女がどちらの側に付くのか──あるいは、付かざるを得ないのか。
彼女から聞いた話だけでは材料に乏しく、判断のしようがない。つまり、敵対するか否かは五分五分ということだ……フィリカと剣を交える事態など、想像したくもなかった。
単純に、争いたくないというだけではない。
女ということを抜きにしても、彼女はかなりの腕の持ち主だと思う。それ故に、やむを得ず戦わなければいけなくなった場合、手加減がうまくできるかどうか分からない。状況によっては加減しきれず、ましな可能性を考えても、重傷を負わせることは避けられないのではないか。
……フィリカに怪我を負わせる? しかも自分が。
そんなことは、今の時点ではただの想像に過ぎなくても、考えたくないことだ。今以上に彼女に──あの身体に、傷痕を作らせたくなどなかった。
だが。
「アディ、おい」
ラグニードに肘で小突かれ、我に返る。