宵闇の光
「──ああ、悪い。それで」
「それで、って……親父さんが今言ったこと、聞いてたか? だから」
「どうしても引っかかるなら、行く必要はねえって言ったんだ。何か、あの国で気にかかることがあるんだろう。本来は俺が請けるべき依頼だからな、おまえたちに対して──」
「いえ」
ボロムの言葉に割り込み、はっきり首を振った。
「依頼請けます。おまえも行くだろう」
「え、あ、……ああ」
前ぶれなく聞いたため、一瞬きょとんとしたラグニードだったが、問いには頷いた。
本当にいいのか、と念を押されたが、構いませんと答える。その口調のわざとらしいほどの強さに、二人ともがわずかに眉を寄せる。が、何事か示し合わせるように目を合わせただけで、追及はしてこなかった。
フィリカと、敵同士として戦いたくはない。
だが、もし他の誰かが彼女と対峙し、負傷させたりしたら、アディはそいつを恨まずにはいられなくなる。殺してやりたいと思い詰めるかも知れない。
──ならば、自分でその責を負う方がまだ良い。
自分自身が相手なら、恨むのも殺すのも自由だ。……誰にも、その責任を負わせようとは思わなかった。
夜が更けてかなり経つが、周囲の様子に変わりはなく、静まり返っている。屋敷の中では慌ただしく動いている人間が少なくないはずだが、気配は微かにしか伝わってこない。誰もが、相当に注意深く行動しているに違いなかった。
フィリカは、足を止めたその場で一度、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。今夜、役目に就いてから何度も繰り返していることだった──心を落ち着けるためと、体調の確認のために。
自覚症状が出てからフィリカをしつこく悩ませていた吐き気は、幸いなことに今は、ほとんど気にならない程度に治まっていた。日に一度は実際にあった嘔吐も、ここ数日は一度もしていない。
特に今の状況では、体調が比較的落ち着いているのは有難いことだった。
……首都カラゼスの郊外にある、とある貴族の別宅。貴族としての格はごく低い持ち主は、あまり知られてはいないが、エイミア・ライ王女の母である亡き王妃の遠縁に当たるという。
二日前、王女は神殿を密かに抜け出し、以来この屋敷に身を潜めていた。その日、国王がついに危篤に陥ったのである。
その時点でも、後継者指名はされていなかった。だが病で寝たきりになる以前、国王が王女と頻繁に連絡を取っていたことは、王宮に関わる職に就く者の間では事実として伝えられていた。後継の正式指名を得るため、兄のユリス・ルー王子一派が国王に働きかけていたことも。