宵闇の光

 愛娘への譲位を国王はやはりあきらめてはいなかったが、王女自身は渋っていたため、気を変えられる前にと王子派は躍起になっていた。しかし、どちらの思惑も果たされないうちに、国王が重篤な状態になってしまった──というのが、噂を知る者の大方の推測である。
 王位に関して、長子と嫡子のどちらが優先となるか、現在の国法では明確には定められていない。その場合は、当事者の合議のもと決定されるのが通例だった。
 だが現状、つまり王子が次期国王の座に並々ならぬ執着を見せている状況では、王女に何が起こるか分からない。王子自身の意でなくとも、取り巻きの貴族の誰かが極端な手段を取ることは充分に懸念される。……だから、王女は身を隠さなければいけなかった。身の安全のために。
 そして今日の夕刻、王宮からの使いが秘密裏に屋敷を訪れた──国王崩御の報せであった。加えて、王女の居場所が王子側に洩れている可能性があるとの警告も残していった。
 故に急遽、夜が明ける前に別の場所へ王女の身柄を移す算段がつけられ、そのための準備が現在進められている。
 無事に王女がこの屋敷を出るまでの間、外部の誰一人として侵入させない。それが警備兵に課せられた任務だった。
 フィリカの担当は屋敷の裏手、その先には他の屋敷はなく森だけがあるため、最も侵入者が近寄りやすいと思われる場所であった。今日も含めて三晩、この場所を一人で見回っている。
 王女が身を隠した同日の午後、軍幹部に呼び出されたのはフィリカを入れて数人──全員、周囲の誰もが実力を認める優秀な兵士たちだった。極秘との注釈付きで命ぜられたのがこの任務である。
 急な話で、考える余裕もなくこの屋敷へ移動しなければならなかった。元より命令を拒否するつもりはなかったが、自分の状態は当然頭をかすめた。
 今は落ち着いているといっても、決して普通の身体ではない──思いがけずレシーに知られてしまったあの日から、さらに一月が過ぎていた。彼は、当然であるかのように一つのことを再三提案したが、とてもその気にはなれないままに日が経っている。
 レシーに今日会わずに済んで良かったと思う。出発前に知られていたら確実に止められていただろうから。……自分がどうすべきなのか、未だに決められずにいる。だが少なくとも、彼の提案に頷くことはできなかった。それが一番平穏な手段だと分かっていても。
 ──その時ふと、高い塀の向こうに違和感を感じた。生来の勘が感覚を研ぎ澄ませ、瞬時に意識を物思いから引き戻す。
 すぐさま己の気配を殺し、月明かりの届かない位置に身を潜め、塀の方向へ意識を集中させる。短く密やかな話し声の後、複数の人間が塀を乗り越える音が、はっきりと分かった。
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