宵闇の光
侵入者が少し離れた地面に下り立つ気配で、おそらく三人だと見当をつける。再度の短い囁きの後、中の一人がこちらへと来る足音がした。フィリカの潜む場所には気づかず、前を通り過ぎかける。
添えていた手で剣の柄を握り、足を踏み出した。背を向けた相手が振り向くより先に抜き放つ。
右肘への攻撃が狙い通りに当たり、小さくない悲鳴が上がった。反撃を試みようとした相手──三十代と思われる中肉中背の男の鳩尾を蹴り上げる。
男が地面に沈んだ直後、屋敷の角から人影が二人分現れ、揃ってこちらへ向かってきた。先程の悲鳴を聞きつけた仲間だろう。片方はずいぶんと大柄だが、走る速度はもう一人よりも速かった。先に斬りかかってきたその男の剣を正面から受け止めると、相手は驚愕の表情を見せた。そのわずかな隙を逃さず、左肘を喉を目掛けて打ち込む。ぐげ、といった呻きとともに二人目も地面に倒れた。
三人目はそれを見て、剣を構えた姿勢のまま固まっている。フィリカが顔を向けると大仰なほどに肩を上下させた。しばらく対峙していても向かってこようとしないため、こちらから距離を縮めていく。
五歩近づいたところでようやく相手は動いた。気合いの声を発しながらいきなり剣を振りかぶり、振り下ろす。それも受け止めはしたが、思いがけない重さを感じ、腕に痺れが走った。わずかに足がふらついたところに来た二撃目を、今度は身体ごと避ける。避けざまに相手の利き腕を斬りつけ、平衡を崩した瞬間を狙い、首の後ろに拳を叩き込んだ。
周囲に静寂が戻ってくる。
いずれも殺してはいない。急所は避けているし、あまり傷も深くはないはずだった。訓練でなく実際に人を斬るのは初めてだから、確実にその加減ができたか否かには若干の不安もあったが──
ふいに、血の匂いが鼻についた。その途端、急激に吐き気がこみ上げる。反射的にフィリカは屋敷の壁の陰に隠れた。
口を押さえてうずくまり、胃から喉にせり上がってくる物を必死に堪え、無理矢理飲み込む。繰り返しそうしているうちに、今度は頭が割れるように痛んできた。悪心と組み合わさった辛さに、目に涙が滲む。歯を食いしばり、自らを抱きしめるように腕を回し、さらに身体を縮めた。
両方がまだ治まらないうちに、人の気配と声が遠くない位置──先程立ち回った場所でするのに気づいた。耳障りな音を立てかけていた呼吸を、懸命に鎮める。
「……、やられちまってるな。ものの見事に」
「…………」
「そっちには誰もいないか? ……、えらく無駄のない倒し方だよな、そう思わないか」
「……、…………」
聞こえてきた会話で判断する限り、新たに侵入してきたのは二人のようだった。うち一人の声は内容もほぼ聞き取れるが、もう一人の方はまるで分からない。彼ら同士の間に少し、距離があるのかも知れなかった。