宵闇の光
だがそれでも、逆らわず、おとなしくされるままになっていた。彼が傍にいる安心感も確かに感じていたから。
アディと仲間が、小声で何事か話している。その声は耳に届いているのだが、頭ごと膜で覆われたかのように、近いはずなのに遠くに感じる。だから内容までは認識できなかった。
再び大きな手が顔に添えられ、鼻先に何かが突きつけられた。強い匂いが鼻を刺激し、少しだけ意識が引き戻される。何か、布か皮の袋らしきものは、次に唇に軽く当てられた。口をつけろと促されているように思ったがよく分からず、尋ねる気力もなく動かないままでいた。
すると今度は、唇に別の何かが押し付けられた。柔らかく熱を持ったものから流し込まれる液体は水──ではなく酒だと分かる。匂いが鼻に抜け、刺激が喉を刺した。
その瞬間、はっとした。
──子供が、と思うと同時に、アディを思いきり突き飛ばしていた。
口の中に入った酒を、飲み下しかけていた分を含めて全て吐き出す。咳き込んだはずみで胃の中身までがせり上がり、まとめて思い切り嘔吐する羽目になった。
吐き出し切れなかった酒と、酸っぱいものが鼻の奥に入ってしまい、呼吸がままならない……痛みに涙が滲み、目眩と悪心をこれまでにないほど強く感じる。
アディに背中から抱きかかえられ、呼びかけられたような気がしたが、答えるどころか振り向く気力さえ、もう残ってはいなかった。
──意識が、暗闇に引きずりこまれた。
気がついた時、フィリカはその場に一人だった。
静けさは記憶にあるのと変わりない──静かすぎるぐらいだ。それが不審に思えた。
どれだけ耳と意識を集中させても、先程はわずかながらも伝わってきていた、屋敷の中の気配は感じ取れない。壁を支えに、必死の努力で立ち上がり、周囲の様子を確認した。アディたちの姿は見当たらない。
一体、どのくらい気を失っていたのだろうか……先に侵入した三人は気絶したままで、それほど時間が経ったとは思われなかったが、正確には分からない。それだけに不安が増す。
ともかく、状況を確かめなければ。そう思い、急ぎ建物の入り口へ向かいかけた時、数名の人影が行く手に立ち塞がった。
ここ数日に見知った屋敷の使用人たちは、フィリカの姿を認めて、一様に不可解な表情を浮かべた。見つけてほっとしながらも、何かしらの不安を抱えているような……
あまり間を置かず、彼らの後ろから新たな人物が現れる。この任務における責任者、上役に当たる兵士だった。
険しい顔の彼は、フィリカに「身柄を拘束する」と告げた──侵入者と通じていたという容疑で。