宵闇の光

 ……だが。これまでの事情を納得するのと、今後のアディの行動を容認するのとは別問題である。彼がやろうとしているのは、王宮の牢に侵入し、罪人とされている人間を逃がすことなのだ。
 王女が女王として即位し、裏では王子派の処分が続いている現在、危険は先日の依頼以上である。
 当然アディも分かっているはずだが、それでもやるつもりなのか。──だが表情を見れば、あらためて問うまでもなかった。
 めったに他人に心を開かない分、一度情を覚えると傾倒するのは早く、相手のためには自身のことを省みない。昔から、極端にそういう一面がある。
 アディと出会ったのはこちらが十歳、彼が十一歳の年だった。
 ラグニードが傭兵団に入ったのは、遠い親戚がボロムの知人の知人だったという縁である。──その数年前、商売を営んでいた両親は借金を苦に自殺したのだった。親戚の間でたらい回しにされるうちに他の兄妹とは別れ別れになった。そして里親だった遠縁にも最終的には放棄され、いわば厄介払いで、ボロムに預けられたのである。
 何年も他人の都合であちこちへ行かされている間に、慣れるしかないのだと子供心にも考えるようになった。状況を変えられるだけの力がないのは嫌というほど分かっていたからだ。
 そのせいか、傭兵団で世話になる頃には、己の境遇をむやみに悲しく感じたりもしなくなっていた。だから、兄妹と離れて以降久しく身近にいなかった同じ年頃の子供の存在は、単純に嬉しかった。元来人見知りしない性格でもあったから、初めて顔を合わせた時から、今よりさらに愛想のなかったアディにも臆せず近づいた。
 最初のうちは明らかに迷惑そうだったが、やがて渋りながらも時々はラグニードに付き合うようになり、そしてある日を境に大きく関係は変化した──その日、こちらの話しかけを半分は聞き流しているようだったアディが突然表情を変え、初めて自ら言葉をかけてきたのだ。おまえも捨てられたのかと。
 ボロム以外は一連の事情を知らないはずだったから、アディが何故知っているのか純粋に不思議に思った。そう口にすると、彼はかなり長い間迷うように俯いていた後、自分の身の上を打ち明けたのである──つまり「視聴き」の能力について、そのせいで親に捨てられたことも含めて。
 ラグニードになら話しても大丈夫だと、そう直感で思ったと後から言われた。確かに驚きはしたものの、それ以後もアディに近づくことを止めたりはしなかった。人にない能力があると知っても、アディの方が恐る恐る尋ねてきたように、彼を気味悪いとか怖いとか、そういうふうには思わなかったのだ。
 それ以来、ボロムには親友と称される付き合いをしている。こちらから口を開く方が多いにせよ、大抵の事柄は率直に話し合っているし、信頼されているとも感じる。
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