宵闇の光
この一月足らずのうちに、エイミア・ライの生活は激変した。……再び王宮に戻ってくることになるとは思いもしなかった。
いや、正しくはその兆候に気づかぬふり、見ぬふりを続けてきただけだった。この三年近く──より厳密に言うなら、それ以前からもずっと。
娘の自分に後を継がせたいという父王の言葉を、数年前までは本気に取ったことはなかった。その発言自体はかなり以前から……それこそ物心つく頃から聞かされていたが、早くに母を亡くした娘を不憫に思うが故の、冗談だと受け取っていたのである。
実際、それほど本気で言っているとは思えないような、気軽な口調だったのだ。何より庶出とはいえ兄王子がいるのだから、彼を差し置いて自分が後継者になることなどあるはずがないと考えていた。
それが思い違いだと気づき始めたのは、兄の母である側妃が亡くなってからである。すでに十二歳になっていた兄ユリス・ルーが、じきに正式な後継者として定められると誰もが考えていたにもかかわらず、父はそうしなかった……その後何年経っても。
ルーデシア妃は、良く言えば世俗的な欲の薄い、率直に評するなら世間知らずな女性だったらしい。一人息子が次期王位継承者と定められるかどうかより、日々穏やかに過ごせていれば充分と思う方だったと聞く。
七歳頃までの記憶だからおぼろげだが、兄母子が粗末に扱われていたという覚えはない。聞いた限りでは皆、彼らは大事にされていたと語る。……だがそれは王子を産んだ妃への遠慮、義理としての扱いだったのだろうか。側妃が亡くなってからの父は、娘への溺愛ぶりを徐々に表にも出すようになった。
顕著になったのが、エイミア・ライが「分身」としての能力を現して以後だ。「身体の弱い」娘を手放すつもりはないからと、神殿からの再三の要請に応じなかった。周囲の説得にも耳を貸さず、いかなる手でか、能力制御の専任者を呼び寄せるという先例のないことまでやってのけ、手元に置き続けた。
父のその態度が波紋を呼ばないわけがなかった。
……分かっていながら自分は、父が作る保護の囲いの中に閉じこもり、人々の思惑にも何にも気づかないふりをしていた。その方が楽だったから。
能力発現以後、人と接すること自体が急速に減っていった。自発的にそうするよりも先に、周囲の方が態度を変化させていったのである。大抵は遠慮がちに──時にはあからさまに、こちらを避けるようになった。
エイミア・ライは多くの「分身」たちとは違って「視聴き」の能力は弱い。だが元来、人の感情には敏感な質だったから、努めてさり気ないふうを装う人々も怯えや恐れを覚えていることは、それほど日を経ないうちに分かった。
たとえ彼らの態度と感情が変わらなかったとしても、程なく自分の方から閉じこもる結果にはなっただろう。「分身」の中でも少数派である「先読み」の能力が、発現した頃はひどく強力だった上に発動の制御が全く利かず、周囲の人々の未来を否応なくエイミア・ライに視せたからだ──良いこともそうでないことも、全て。